2010年10月31日

ネパール旅行9日目:パタン・バクタプル

6時半頃出発し、今日はパタンへ。
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普通なら何らかの乗り物を使って行くべきところだが、それほど遠くなさそうなので徒歩。

途中に石造りのヒンドゥー寺院があった。
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一見するとイスラムのモスクのような雰囲気でもあり、(ネパールから見て)異国情緒がある。
石造りのヒンドゥー寺院自体はそこまで珍しいものではないのだが。

ネパールでは珍しい道路案内標識。英語が小さい…
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バグマティ川を渡る。
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多分これが行政区分としてのカトマンズとパタンの境界。

この時間だと道端でチヤを飲んでいる人が多い。道端の店なら安いだろうと思い、歩道橋の下の店で一杯注文。
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値段を聞くと、指を2本立てたVサインのような手を出しながら「ダス(10)」と言われた。
ところがジェスチャーがそのようなものだったこともあって、「ダス」をスペイン語の「ドス(2)」と勘違いしてしまった。どう考えたってここでスペイン語なわけは無いのに…
スペイン語混合失敗はこれまでも時々やっていて、向こうから何か言われた時に「Yes」と答えたいところ、「いや、英語じゃなくて、えーと…」と咄嗟に考えた挙句、正解の「ハジュル」ではなくスペイン語の「S&iacte;」と口走ってしまったことも何度か(汗。尤もこの場合は言葉より首を縦に振る動作(ネパールの作法は違うらしいが)で通じたが。
一方で、ここでスペイン語な筈はないと思うのに「あれ?」と思ったのは、こちらではカメラを「カマラ」と発音すること。

閑話休題、自分の言語混合勘違いは論外としても相手のVサインのような手つきが結局意味不明なのだが、まぁ恥はかいたものの美味しいお茶を一杯頂いた。

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なんで道端に風呂が??

と思ったら、神様でした。
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ヒンドゥーの神様は、何故かこのように地面から掘り下げた場所に祀られていることが多い。どういう意味があるんだろうか。

基本的にまっすぐ歩いていれば着くと勘違いしていて途中の分岐を通り過ぎてしまい、現在地をロストしてしまった。仕方がないのでその辺の人に道を聞いて、本来分岐すべき場所から遅れて分岐。

ところが、これが怪我の功名だった。

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暫く歩くとパタンの中心ダルバール広場(どこの町も中心広場はこの名前か)に到着したが、こちらからではチケットカウンターが無い。しめしめ、それならタダで見てやろう。

広場では何かのイベントの準備が行われており、あちこちで展示パネルの設営が進んでいる。たかが展示パネルなのだがその様子が最先端っぽく、ネパール全体の雰囲気からして非常に浮世離れした光景に見えた。

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地面を大きく掘り下げた水場。カトマンズにも無いことはないが、パタンには随分多い。
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これは、地下水脈まで掘り下げて水を直接抽出しているのだろうか。

石造りのクリシュナ寺院。
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ここにもある石造りというわけだが、ここへ来る途中に見かけた寺院とは意匠がかなり異なり、周囲の建築と比べてもそれほど違和感は無い。

タレジュの鐘。
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ビムセン寺院。
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料理に関連する神様?(職人や商人の神様)ということで食器がぶら下げられている…と書いてあるのだが、どこにあるのか分からなかったorz

ここにもカトマンズのダルバール広場同様、旧王宮があって別料金で見学出来る。
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しかし、これまたカトマンズ同様10:30オープンなので間があり過ぎる。それに折角広場自体の入場料を免れているのにここで薮蛇になっては詰まらないのでここはパス。

一通り見物し、その辺に腰掛けて次はどうしようかと「歩き方」を眺めていると、「チケット持ってるか」と言われた。
あーあ、ついに来やがったか。

「チケットが要るなんて知らなかった。それなら出て行く」と逆切れして退出。もう充分見たしね。すると「今すぐタクシー乗ってカトマンズに帰れ」と背後から罵声を浴びせられた。はいはい。

周囲には幾つも寺院があるので、「歩き方」に解説されている寺院くらいは全て見ておこう。

と思って歩いていたら、最初にぶち当たったのは「歩き方」に載っていないものの有料(ということはそれなりの内容のつもりなんだろう)のRudravarna Mahavihar寺院。
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しかしチケットカウンターが閉鎖されているのでタダで見られた。
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朝早いうちに来るとこういう役得もあるようだ。

マハボーダ寺院。入口がせこい。
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こちらは「歩き方」に載っているが料金の記載は無い。にも拘らず実際には有料だった。ところがこちらもカウンターが閉鎖されていたので無料見学。
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狭い敷地にそれなりの高さの尖塔が聳えているため、広角に弱いコンデジでは全景を撮影することが困難。

入口らしい入口は1箇所だけなのだが、見ていると境内を通り抜けていると思われる人が多い。
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入口から境内を挟んで反対側には、隣接する家屋の入口のような頭をぶつけそうな小さい間口がある。しかしこの様子を見るとこれはただの家の入口ではなく通路なのだろうと思って入ってみると、すぐに家を抜けて道路に出ることが出来た。
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これを見て寺院の入口だなんて、誰も思わないだろう。

南に行くとバスパークがある。
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バスパークの先に仏教寺院があった。緑で覆われたエコな(嘘)ストゥーパがある。
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さて、いい加減朝食にしたいと店を探すと、「モモ」の看板が目に入った。
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文字の学習を早々に放棄した中で、唯一読めるネパール語である。
他に「マ(私)」も読めるが、こんな語が街中で書き言葉として登場することはまずあり得ないので…

因みに「マ」と「モモ」の「モ」は同じ子音であり、母音素が付かない子音素だけの文字は基本的に母音が「a」となる。従って「マ」の文字に「o」を示す母音素を附加した文字が「モ」だ。
この「o」を示す母音素は「;」のようなもので、子音素の右に付ける(母音素によって付く位置が異なってややこしい:これが文字の学習を放棄した理由の一つ…)。このため、「MO;MO;」というハイブリッド表記を目にすることもあった。

さて、下らないことだがネパール語が読めて嬉しくなったところで店を覗くと、更に嬉しいことに先客のために丁度モモが蒸し上がったところだった。何人前かを纏めて沢山蒸しているので、今入れば待ち時間無しでこれを食べられそうだ。
狙いは当たり、すぐ食べることが出来た。
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しかも35ルピーと安い。今回の旅行での場末食堂探し最大の当たりだった。

朝食を終え、パタン寺院巡り後半戦。

マチェンドラナート寺院。
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ここは正真正銘無料。

建物に取り付けられた彫刻が素晴らしい。
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マニ車が厳重に保護されている。これじゃ回せない…。
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本堂に向かって拝む動物の像が配されるのはこちらの寺院では一般的だが、ここでは小型の像が多数並べられているのが特異。しかもそれらの像が全て鉄枠で覆われており、籠の鳥である。
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ゴールデンテンプル。ここは大人しく入場料を払う。
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「革靴で入るな」と日本語を含む数ヶ国語で掲示があり、履き替え用のサンダルが用意されている。しかし単純な土足厳禁ではなく革靴に限定しているところが変わっている。革といえば殺生の結果だから仏の前ではタブーということだろうか。

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中央には金色の本堂が鎮座しているが、鹿苑寺や中尊寺のように眩いばかりに光り輝いているわけではない。一応金色だけど…という程度。

周囲の回廊状の建物の中も祈りの空間であり、仏像など見逃せない。
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クンベシュワール寺院。ここも規模は大きいが無料と良心的。
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ここも大きな水場がある。
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無料の場所にしては珍しく「TOILET」と書いてあったので行ってみると、トイレはあったが手洗いの水が出ないので断念。

パタン観光を終わり、何か甘いものが食べたいのので、ネパールっぽくはないものの「歩き方」に書いてあるドカイマという店にアップルパイを食べに行く。同情報によれば無線LANも使えるらしいので、暫く怠っていた家への連絡等等に利用しよう…と思ったのだが、店は開いていなかったorz

ダルバール広場から離れたところにあるパタンの入口の象徴、パタンゲート。
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すぐ脇にチケットカウンターがあった。こちらから入るとここからがもう課金エリア扱いなのか…

ゲートのすぐ外はバスの溜り場。
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帰りはバスに乗りたいのだが、あまりに無秩序なので次にどのバスが出るのかさっぱり分からない。うろうろしていると「カトマンドゥ?」と声を掛けられ、促されるままに乗車。10ルピーだった。

このバスでカトマンズに一旦戻り、バスを乗り換えてバクタプルに行く計画だ。両者のバス乗り場は違う場所だがそれほど遠くない。
バスは地図にある「パタン行バス乗り場」に行くのかと思ったら、そこに行かずまっすぐ北上してしまったので、慌てて下車。行きと帰りでは発着場所が違うのか、そもそも別系統があるのか…
バスを降りて当初予定よりかなり歩いて「バクタプル行きバス乗り場」に行き、さて実際にバクタプルに行くバスを探さねば…と思ったら、先頭の車の車掌が「バクタプル」と叫んでいたので探す手間が省けた。

バクタプルへは、空港の南側を東に向かうアルニコ・ハイウェイを通る。
初日に車庫を見物したトロリーバスの架線の東端は空港南側の交差点だが、元々はこれから行くバクタプルまで通じていた。しかしここより先への路線は全面廃止に先立って廃止されたようで、更に本格的な幹線道路整備に伴って設備は完全に撤去されたようだ。
トロリーバスはカトマンズでは市街地の南縁を通るだけで都心部には行かない。この不便さも廃止の一因だろう。都心部の道路も広さは充分なのに、何故このような中途半端な路線にしたのだろうか。
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「ハイウェイ」と言っても勿論一般概念での高速道路とは程遠いが、日本の援助で整備中のこの道路は確かにネパールとしては高規格、相対的には高速道路と呼んでも差し支えなさそうだ。尤も、折角完成してもそれがいつまでその状態で機能し続けるかが問題だが…。
中央分離帯と片側2車線程度の道幅が取られ、ここだけ異国のようだ。

因みにバスは40ルピー。「歩き方」の記載より随分高い。またぼられたかなorz そんな疑心暗鬼の状態の中、車掌がしょっちゅう僕の顔を見てはニヤッと笑うので不気味でしょうがなかった。

途中から旧道に入り、町の入口で終点。
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バクタプルも古都で、これまた入場料を取られる。この入場料が他に比べて極めて高く、750ルピーまたは10米ドル。例によってザルになっていそうなので抜け穴を探しても良かったのかも知れないが、大人しく払ってしまった。レートを考え米ドルで。
観光案内パンフレットを渡されたが、色刷りのつもりらしいが3色がお互いに盛大にずれていて前衛芸術のようだ。とても読めたものではない。
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陶器を焼いているところが間近に見られるのは面白い。
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中心部のトウマディー広場。寺院が並ぶ。
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流石にこの広場が更に別料金という極悪なことはなかった。

さて、高いところに登ってみますか。
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「あ、ryot君だ」


 _, ._
(;゚ Д゚)…アンデスト!?


「ママー、ryot君が来たよー」


見上げると、見覚えのある子供が走って行くのが見えた。
後を追って行くと、Sさんがいた。

ある程度の拘束条件はあったとは言え、海外で偶然に出会うとは…。

ということで偶然にも合流。

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やはり女性陣の市中観光といえば買い物。自分ももう残り1日だからそろそろお土産を買ってもいいのだが、服飾雑貨はとんと興味ないし、プレゼントして喜ぶような人もいない。そうすると皆さんが買い物に興じてる間僕が子供の相手をするというのが自然な流れ。
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兄弟がいるということは、大人ばかりの場で放置されても遊び相手がいるということ。一人っ子の自分としては羨ましく思ってしまった。

店でお菓子をねだられてしまったが、買い与えていいものかどうか。どの程度甘やかすか厳しくするかというのは親の方針だし、仮にそれが分かったとしても今までにどの程度与えてあるかによって状況が異なる。
そこで後ろにいた母親に聞いてみると、首を横に振った。

母親は子供への説明として「ryot君お金が無いって」

…金欠ということにされてしまいましたorz

まぁ普段から低収入と叫んでいるのは他ならぬ自分だからしょうがないか(死)


結局偶然の再開以後は「観光」はしていないんじゃないかという気もするが。


一行はこの後、カトマンズから乗って来た車でナガルコットに行くそうなので、迷わず便乗。
車は運転手を入れて7人乗りのワゴン車で、自分が入ると定員オーバーなのだが(汗 まぁネパールだし。
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バクタプルを出ると程なく山道になり、九十九折の坂道を登っていく。舗装もそれほど良くないし運転も荒いので、気持ち悪くなる人多数。しかしながら日本で酷道を趣味としている人間にとってはなんてことは無い。…ひょっとして、意外にネパール居住適性があるのかも?

1時間くらい走って道路の山頂に到着。
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ここからちょっと階段を登れば本当の山頂。
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山頂には、梯子で登る展望台がある。
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子供が登りたがるが、こんな危ないことをさせていいのか勝手に判断出来ないので、例によって後から山頂まで来た保護者の裁定待ち。
許可が下りたので、万が一のことを考えて先に登らせ、すぐ後から付いて行く。でもこれ、事情を分かって貰えないと単なる臆病と思われる罠。それに、万が一のことが起きた時に本当に対処出来るのかどうか…(汗

展望台はかなりいい加減なつくりで、床には足が充分嵌まる隙間がある。

肝心のエベレストを含む山々だが、雲っぽくていまいち。
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展望台を備えた民家もあった。流石。


明朝日の出を見にもう一度やって来ることを期し、宿探しへ。

先ほどの車中で気持ち悪くなった旅行者2名が、症状悪化回避のため屋上(荷物ラック)への乗車を提案される。面白そうなので自分も便乗。日本だと道路交通法違反だが、まぁネパールだし。

乗り心地は最悪だが、全方位遮るものの無い眺めが得られるのは素晴らしい。
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乗り心地も、床が単なる一枚板ならそんなに酷くはないのだろうが、荷物ラックなのでスノコ状に細い板(正確にはアルミ材だが)が並べられ、座るとその隙間というか角にお尻が当たって、走行中の振動で突き上げられると実に痛い。
座布団でも持参すれば比較的快適に過ごせそうだが、それでもしっかり掴まっていなければ振り落とされることは間違いない。でも、バイクの後ろに乗るよりは安全か?

途中で宿の客引きが現れ、バイクで先導するというので、屋上の乗り心地に嫌気がさした旅行者2名はそのバイクに乗車。大人3人乗りなんて実に窮屈そうだが、まぁネパールだし。

しかし、着いた宿は山上集落から離れていて歩くには遠く、しかも高いので、やめた。

再び車で別の宿を探す。

1部屋1100ルピーで、やはりカトマンズ等より大分高いが、それでも意外に空きが無いことと、他をあちこち聞いてみたり「歩き方」情報と照合するとこれでもリーズナブルなのかも知れない。2部屋取って1つを女性+子供部屋、1つを男部屋にする(男は自分の他にSさんの旦那さんの従弟通称ウルトラマンと、運転手)。女性部屋の人口密度が高過ぎるので子供にはどちらの部屋にするか選択権が与えられたが、やはり母親と寝るのがいいようだ。

高いだけのことはあるのか、今回の旅行で初めてバスタブを目撃。


先の宿を集落即ち店が遠いという理由で蹴ったのだが、結局外の店には行かずここのホテルのレストランで食事。

あまり酒は分からないが、折角だからネパールの地酒とも言えるロキシーを1回くらいは飲んでみたい、と思っていたのだが、これが意外にどこの店でも無いものだ。それがここではあったので、最後のチャンスと注文。

…日本の焼酎と違いが分からない(汗 そもそも日本酒の中でも互いの区別がつかないくらい舌が駄目だからな(死)。自分には勿体無かったかもorz

それにしても料理が出るまで随分待たされた。大体どこへ行っても30分くらい待たされるのでそのくらいはネパリタイムと割り切っていたのだが、ここでの待ち時間は1時間を優に超えた。
取り敢えず1品注文して、物足りなかったら追加…と思っていたのだが、現に物足りなかったものの、また1時間待たされては敵わないので諦めた。全く、海外旅行というのは小食生活になってしまうものだ。
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子供が注文したカルボナーラが余ったので貰ったが、かなり美味しい。一昨日も同様におこぼれに預かって、同じく美味しかった。全くネパール料理ではないが、隠れた名物かも(?)
23:59 | Comment(0) | 旅行

2010年10月30日

ネパール旅行8日目:カトマンズ散策

今日はエベレスト附近までの往復遊覧飛行であるマウンテンフライトを予約している。
出発は6:30なので1時間前空港到着となると5:30。やっぱり早朝タクシーは高くつきそうなので歩くとすると4kmくらいだから4:30出発か…。

その前に、着替えを消耗してしまったので洗濯その2。この予定があったので、ナガルコットを残り3泊のうち2泊目にするという選択肢はあり得なかった。
カトマンズは水不足なのでホテルで自分で洗濯するのは禁忌とされているらしいが、今日はシャワー浴びなかったからまぁいいだろ(ぉ

洗濯する必要もあって3時半には起き、一方寝たのは散々子供の相手をした後計画立案などした1時過ぎだったから、2時間くらいしか寝てない(汗

洗濯を終わり、出発しようと階下に下りると、階段の一番下で犬が盛んに吠えている。真っ暗なのでどこにいるのか分からず通ることが出来ない。噛まれたくはないし、逆に踏んづけたくもないし…。
そのやかましさでスタッフが起きてきて明かりをつけてくれたので何とかなった。

流石に真っ暗だが人通りも車も皆無というわけではなく、開いている商店も稀に存在する。

ひたすら歩くが見立てより遠く、なかなか着かない。最終的に歩数から逆算すると7kmくらいあったようだ(死)

そういうわけで1時間では到底着かず20分近く遅刻してしまい、大丈夫かと心配になるが、不安に追い討ちを掛けるかのようにターミナル入口が大行列。
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これは間に合うのか?
しかし、よく見てみるとどうもターミナルビルがまだ開放されていないらしい。それでは行列が出来て当然だ。

ターミナルの扉が開けば、大行列と言っても皆それぞれ目的とする航空会社は違うこともあり、中で更に待たされることは特に無い。

今回も窓口で空港使用料170ルピーを払わねばならないが、1000ルピー札を出したら釣銭が330ルピー。あれ?と思って文句を言おうとすると、その瞬間に500ルピー札が出て来た。こちらが不審に思った様子を察知してすぐ対処したところを見ると、意図的に釣銭を誤魔化そうとしたらしい(もし本当に間違えたなら、こちらが何か言おうとしただけで事態に気付くということはまずあり得ないだろう)。こういう公的なところでも詐欺をやるんだな。全く危ない国だ。
帰国してから海外安全情報を見ると、手荷物検査の際の手荷物抜き取りや、空港使用料以外の不当な名目での料金徴収という事案も発生しているらしい…。

定刻よりやや遅れて搭乗案内があり、ランプバスに乗って飛行機へ。

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おお、YS11ではないか。

しかし、これと同じく非民間用途ならば日本でもまだ現役機がいるわけで、あまり感激するほどの代物ではなかった。

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飛行機に到着したが、何故か搭乗出来ず外で待たされる。

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おい、今から給油かよwwwww

給油が終わって尚暫く待たされ、やっと搭乗。
ところが、乗ってからも一向に出発する気配が無い。
暫くすると「離陸の順番待ち」と案内があったが…本当だろうか?
結局離陸したのは定刻から1時間も経ってからだった。考えてみれば昨日の飛行機も1時間遅れ。ネパリタイムには敵わん。

流石に遊覧飛行だけあって、展望台にあるような山々の位置と名前を書いた細長い栞が配られたが、絵が良くないのかどうも現物と照合出来ない。
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時々客室乗務員が「あの山が何々」と説明してくれるが、そんなもの後々まで覚えてないし(汗
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兎にも角にも、かなりの出費(160ドル)を伴う娯楽なので、出来る限り沢山撮影。
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コックピットから前方を見せてくれた。これが許されるのは途上国ならではか。
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エベレスト
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こんな国にまたやって来ることはまずないだろうし、貴重な体験だ。


フライトが終わり、カトマンズに戻る。

一旦ゲストハウスに戻りたいが、流石に往復とも歩くのはしんどい。かと言ってビムセンタワー方向に行くバスが存在するかどうかすら分からないので、ここはタクシーにすることにした。
空港内で乗ると高いと思われるので、リングロードまで出てから拾って交渉。
「ビムセンタワー サンマ カティ ホ?(ビムセンタワーまで幾ら?)」
と言ったのだが、ビムセンタワーが通じない。そんな無名なものなのか、ネパール語名は全く違うのか…
しょうがないので「歩き方」の地図を見せ、「ヤハーン、ポストオフィス ナジカイ(ここ、郵便局の近く(※「郵便局」って何て言うのか知りません))」と言うと、漸く理解した様子。
運賃は交渉して350ルピー。でも、300くらいまでは下げられた感触。失敗したな。

途中で渋滞を避けるために狭い裏道に入ったところ、反対からトラックがやって来た。ところがここがネパール人、お互いに1ミリとして後退して離合しようなんてことは考えない。壁にぶつけそうになりながら何とかすり抜けようと悪戦苦闘すること5分、結局駄目だと分かったようで、トラック側が若干後退して離合。
この際、居合わせた歩行者が車の誘導をするのには親切だなと思ったが、考えてみれば彼らの通行も阻害されているので、さっさと解決してくれないと自分自身が困るからというだけのことだろう。

ゲストハウスに一旦戻り、再出発。今日は中心部観光ということにする。

まずは中心部の寺院や旧王宮が集まるダルバール広場。チケットカウンターで割高な入場券を購入。
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「何日滞在するか」と言われ「3日」と答えると、「向こうの事務所に行けば入場券の延長が出来る」と案内される。オリジナルの入場券は当日限り有効なのだが、手続きをすることで手数料無しで期間を延長出来るのだ。この期間が当日を含めて3日を超えると顔写真が必要だが3日なら何も必要無い。自分のネパール残り滞在日数が3日だったのは偶然。
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事務所にあった広場の模型。
事務所に行くと、パスポートを確認することもなく紙にパスポート番号を記入させられ、写真貼付欄に署名をさせられる。その記入した詰まらない紙切れが新しい入場券となり、さっき買った入場券には「Cancelled」とスタンプが押された。何だかややこしい。
折角延長したものの、結局翌日以降はここには来なかったのだが。

寺院や王宮外側の写真をせっせと撮影。

シヴァ寺院
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シヴァ寺院に「登頂」して、上から目線
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カスタマンダプ寺院
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クマリの館。
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クマリとは日本でも時々報道されるが少女の生き神様のこと。年頃の少女の中から1人が抜擢され、神様としての適齢期の間この館で神として過ごすのだ。そしてその期間が終わると一般人として社会に戻る。
しかし、残念ながらクマリを目にすることは出来なかった。
その辺にいる使用人にお布施をするとクマリが窓から顔を出すそうだが、これでは金目当ての見世物でしかない。とても神様の扱いとは思えない…

一通り眺めて、疲れたことと旧王宮を利用した博物館(ハヌマン・ドカ、別料金)の開館時刻がまだであることからその辺に座って休んでいると、男が声を掛けてきた。
鬱陶しいし何より雰囲気が怪しい。まさか、時々いるという麻薬密売人か?思うものの、質問に応じて「日本人」と答えると、「日本人の知り合いがいる」と言って自分の手帳を捲り、日本語が書いてあるところを見せてきた。
「一人だと絶対入れないようなところに案内して貰えて良かった」
などと書いてある。
「…つまり、あんたはガイドということか?」
と聞くと「Yes」との答え。これは堪らん。「そんなもの要らん」と言ってそそくさと立ち去る。

しかし、やはりただのガイドにしては随分胡散臭い感じがした。まぁこの国だと胡散臭いのがデフォルトかも知れないが。何か裏の目的があって自分を陥れようとしていたとすると、あの日本語はどうやって調達したのだろう。日本人を捕まえて金払って当たり障りのないことを書いて貰ったんだろうか?

一旦は立ち去ったものの、王宮博物館に入りたいから戻って来ざるを得ない。戻ってくるとまだいて、また勧誘された。いい加減にしてくれ。

開館直後なのでチケットカウンターに外国人客のちょっとした行列が出来ていたが、ネパール人が割り込み。マナーを守らない上に割安料金で入館とは不届き千万。この国の人への心象は悪くなる一方だ。

博物館(王宮)の建物内は撮影禁止(中庭はOK)で、建物入口でカメラと大きな荷物を預けなければならない。しかしここは自分でロッカーに入れて鍵をかける方式なので、比較的安心出来る。あくまで「比較的」だが。
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博物館内は王族の家具や生活関連の物、衣装や様々イベントの際の写真など、かなりのボリュームの展示物がある。これが博物館として最適化されているわけではない建築内に収められているので、見学順路が分かり辛い場合があるのが難点。それでいて各部屋は完全に展示室然としていて、王宮の雰囲気をあまり感じられない。

一角に「バサンダプル・ダルバール」という9階建ての塔があり、ここに登ると市内を四方見渡すことが出来る。
独特の建築様式から窓を含む側壁が外側に45度程度傾斜しており、窓に垂直な視線で見ると正に眼下を見下ろす形だ。高所恐怖症の人にはこれだけでお勧め出来ない状況だが、このような姿勢をとると窓枠あたりに手を突かないと体勢が安定せず、このような古建築の側壁に体重を預けてしまって大丈夫かと不安になる。

王宮を出て、再び街中を散策。

一旦広場を出てまた入ると、警官のようななりをした人物に呼び止められ、入場券の提示を求められる。チケットカウンターの配置はザルそのものだが、このように外国人を抜き打ちで捕まえて検札をしているようだ。ヨーロッパの市内鉄道方式か。

カーラ・バイラヴ。北に向いているので、時間が遅くなったら思いっ切り逆光に(汗
王宮入館前に撮れば良かった。
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一見ユーモラスな表情だが「恐怖の神」ということで、手には生首などが…。

また広場を出て、タメル地区の「歩き方」推薦のスポットを見て回る。

「コインの木」
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「歩き方」の写真を見る限りでは随分目立つ物件のようだが、実際にはお堂の一角に小ぢんまりとこのような部分があるだけなので、非常に目立たない。


「切手になった窓」
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なるほど、素晴らしい造形だ。
その下が全く平凡な商店なのも面白い。


今日も食事をしないまま昼になってしまった…。

タメルは安い宿が集まる地区である一方、宿が集まるということは旅行者相手の商売ということで店は概して高いらしい。そういうことであまり費用対効果の高いものは食べられないかな…と思いつつも路地裏を探すと、実に安そうな店があったので入店。
入ってみると英語メニューがある。しかもそれでいて一皿50ルピー前後と安い。こんな良心的な店もあるんだと感激。

ラッシーとトゥクパを注文して暫く待つと、大盛りライスとトゥクパが出て来た。
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おや、ご飯が付くのかな…と思ったが、その一方でラッシーが来ていない。まさか…
と思って聞いてみると、ラッシーは作るのが面倒なので出せる状況に無く(酷い話だ)、それが原因なのか「ラッシー」を「ライス」と勝手に提供できるメニューに空耳したらしい。
ご飯だって割高なものではないが、面白くも無いものに金を出して腹を膨らせたくはないので下げて貰う。下げてどうしたのかは知らないが。

さて、安い食堂のテーブルには水差しが置いてある場合が多い。中身は飲める水(である筈)だが、コップが無い。
そこで、最初にこれを発見した時は「ヨ ピウヌ チャハンチュ(これが飲みたい)」と言ってみたのだが、「だったら勝手に飲めよ」という顔をされてしまい、「コップくれ」と補足せねばならなかった。
次に同じような店に入った際は最初から「コップくれ」と言うようにしたのだが、そんなことを繰り返してついに知った事実:
水差しから直接、しかし口をつけないように飲むのが正式!
隣のテーブルのおばさんがそのようにしているのを目撃した。
尤も手で食べるのと同様、慣れない人間に難しい作法に拘る必要は無い。「コップくれ」と言うと鬱陶しそうな顔をされるのであれば自分で用意すればいい。旅の後半戦は空になったペットボトルがこういう場でコップ代わりに。

注文取り違えというハプニングはあったものの、安くて美味しい店で高評価。


午後は新王宮(ナラヤンヒティ王宮博物館)の見学に行く。

行ってみるとどういうわけか物凄い行列。
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しかも顔ぶれは国民ばかりで、外国人客の姿が見当たらない。こんなところに並ぶと散々待たされた挙句違う行列だったり外国人は別と言われたりして馬鹿を見るのではないかと心配になるが、他に入るべき場所は見当たらないので並んで暫く待つ。
考えてみれば割り込み上等のネパール人がよくもまぁ大人しく行列を作って待っているものだ。

やがて窓口の前に辿り着き、並んでいて正しかったことが分かる。
それにしても、幾ら今日が休日(土曜日:ネパールの休日としては土曜が基本で日曜はサブ)とは言え、国民が大挙して押し寄せるような観光スポットなのだろうか。対照的に外国人が皆無なのも気になるし…。

チケットを買ったら今度は隣の窓口で大きい荷物を預けねばならない。ここは係員が裏のロッカーに荷物を入れてその鍵を渡してくれるのだが、その様子が直接は見えないので不安だ。

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さて、身軽になったので正面から宮殿を1枚撮影して、いざ入場…と思ったら、カメラは禁止だから預けて来いと言う。おい、そんなこと今までどこにも書いてなかったぞ。仕方ないので荷物窓口に行ってカメラを追加で預け、再び入ろうとするとカメラを隠し持ってないかとボディチェックだ。割高な料金と予告無しの突然の禁止告知の上にお客様を信用しない態度。流石に旅行中これだけ歩き回っていると疲れが蓄積してきたこともあり、かなり不愉快になってしまった。
あちこちにポスターが貼ってあるところによると来年はネパール観光年らしい。観光資源そのものは比類なき素晴らしさであることは認めるが、公私共に横行するぼったくりと客対応の悪さからは、とても外国人を客としてもてなそうという意識は感じられない。卑しくも「観光年」と言うからには、その辺の意識は改めて欲しいものだ。

新宮殿はかなり西洋の宮殿に近い雰囲気。トイレがこういう文化の国にあって最上の邸宅のトイレとはどんなものなのか興味があったのだが、トイレが見える場所は無かった。因みに勿論公衆トイレも存在せず。
元々は空調はあるように見受けられたが、現在は稼動させずに扇風機とストーブを使っているようだ。今日は暑いのにその扇風機すら回してくれていなかったが…。

ここは現在に至るまで続く内政混乱の発端となったとも言える銃撃事件の現場でもある。2002年に王子が王族を軒並み銃撃して殺害し、自らも自殺を図りその後死亡。生き残った王族が王位を継承するものの独裁的な統治が反感を買い、2008年に王室解体に追い込まれる。国家が共和制に移行しての総選挙でマオイスト(毛沢東派)を最大勢力とする政権が誕生するが、マオイストと他の連立政党との不和で政権が崩壊、以後現在に至るまで選挙が繰り返されるもまともな政権が出来ていない。
この宮殿は王室解体に伴いそれまで王族であった一族の居住の場としても認められなくなり追放されたため、現在は実使用要素の無いただの博物館になっているわけだ。

さて、その具体的な銃撃現場だが、実際にそれが発生した建物は忌まわしいということなのか解体され、更地になっている。更地の中に立札があり、誰それが銃撃された場所などと書いてある。しかし向かいの建物の壁面の銃痕はそのまま残っていて、唯一の現存する銃撃の痕跡として展示物となっている。

更に裏は庭園で、温室や、水鳥を飼っていたような池などがあるが、動物は全くおらず、温室内の植物も放棄されているようだった。


宮殿を出て正面の通りを南へ。
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この通りだけネパールの雰囲気からは浮いていて、先進国の高級住宅街隣接の商店街のような雰囲気。実際にブランド品の店が並んでいる。
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最近ネパールに初進出して話題になったというケンタッキーフライドチキンもあるが、入口に警備員が立っているのが物々しい。
買うつもりは無いものの値段が気になるので外から頑張ってメニューを撮影。
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…やっぱり高いですね。

ラーニ・ポカリ
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中を歩いている人がいるのだが、どこから入るのか分からず…。

西に3kmほど歩いて今日の最終観光地の予定のスワンヤブナートへ向かう。
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どこもかしこも川が汚い…。
生水を口に含むのは平気だが、こういった水でお清めする気にはなれない…

到着。
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ここは独立峰の山上に建てられた寺院で眺めが良く、また猿が多いことからモンキーテンプルと呼ばれることでも有名。

正面には大きな金色の仏像と、その背後に急な階段が待ち構えている。
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しかし、左脇を見ると壁面にマニ車がずらっと取り付けられた回廊がある。
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こちらの方角でも裏側から登頂出来る筈なので、マニ車を眺めながら進むことにした。

マニ車を片っ端から回して祈りながら歩く人も多い。しかし傍目の所作としては子供が遊びで壁に手を擦り付けながら歩いているのと大して変わらず、一部のマニ車に手が引っ掛からず回転しない場合もある。こういう状態では功徳は如何に?

モンキーテンプルの本領発揮で、猿の大集団がやって来た。一列になって次々にすれ違っていく。
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中には死んだ子供を引き摺って走る母猿もいて、痛々しかった…。

この回廊はそのまま境内へ続くのかと思ったら、一旦一段下の車道に合流してから再び分離する。

やがて2つの山の鞍部に到着。
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ここより手前の峰にストゥーパがあり、奥の峰にも寺院がある。

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低くなったここには中央に釈迦立像のある池があり、中央の「島」にコインが上手く載れば縁起がいいだか願いが叶うだかで、みんなこぞってコインを投げている。しかしネパールルピーの硬貨はあまり流通していない(1ルピーと2ルピーがたまに硬貨で登場する程度)ので、特にこういう場の主役の観光客は殆ど持っていないと思われる。そうすると池の中は外貨の山なのだろうか。

奥の寺院を見てみるが、こちらは特にどうということはない。
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ここは珍しく公衆トイレがある。
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手前が一般用、奥がTOURIST ONLY。
人が立っているので、ツーリスト用を使うと金を取られそうな気がして一般用を利用。
因みにツーリスト用を覗いたところ、男女ともかなり広くて綺麗なただ1つの個室だった。


そしてストゥーパへ…
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あれ、そのまま着いてしまった。
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裏から入るとフリーパスらしい。儲かった。

山頂という立地上、少し離れた場所から全体を眺めるということが出来ず、撮影に苦労する。
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「博物館(無料)」にあった涅槃仏
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無料なだけあって、大した展示ではなかった。

山頂からの眺め。
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大金剛杵
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そして正面階段を降りて退出。
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ここにチケットカウンターがあったのね(上写真右)。


麓に戻り、今度は正面向かって右側に幾つかお堂があるのでそちらを見学。
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お堂の内部には巨大マニ車。ここに限らず、仏教寺には内部に巨大なマニ車を1つ吊り下げたお堂が多い。
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巨大マニ車は小型のものに比べて丁寧に作ってあるのであろう、また慣性力も大きいため、人がいなくてもずっと回り続けている場合が多い。また一端に突起が付いていて、一周する毎に定置された鐘などを打って音を出すようになっているものもある。

ということで、無料寺院見学終了。


これにて本日の観光終了、歩いてゲストハウス方向に戻り、店を探して食事…
と思って入った店が、どういうわけか何を言っても通じないので諦め、疲れが先に来てしまったのでゲストハウスで一休みすることにした。
そうしたら目が覚めたら深夜で、食事断念orz
23:59 | Comment(0) | 旅行

2010年10月29日

ネパール旅行7日目:パシュパティナート・ボダナート

6時前に起き、宿の屋上へ。
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ポカラ最後の朝はここからゆっくりヒマラヤの日の出を眺めることに。
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尤も山々は北にそびえるので、「ヒマラヤの日の出」と言うと実際は語弊がある。
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しかし、山の右側が段々赤く染まり、そして段々明るくなっていく光景は素晴らしい。
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荷物を増やしたくないことなどから持って来なかった一眼だが、やはり持って来るべきだったと思った。
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因みに、同じように屋上から眺めている宿泊客が何人かいたが、全員日本人…。

すっかり明るくなったので、荷物を纏めて7時過ぎに出発。
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今日は10時の飛行機でカトマンズに行くので、その1時間前までの2時間、附近を散策しつつ朝食を摂ろうと計画。

「ダムサイド」と言われる地区なのに肝心のダムを見ていないのでは話にならないので見に行く。

日本山妙法寺へ向かう歩道(一昨日自分が登った際はパタレ・チャンゴを経由するためここは通らず)に掛かる吊橋。
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吊橋なのか吊床版橋なのかよく分からない構造だが…

ここから一応ダムは見えるが、川が蛇行していて全体を一望することは出来ない。
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もう少し近付けないかと、河川敷経由でダム方向に向かい、川に突き出た岩によじ登ってみた。
…あまり眺めは変わらずorz

河川敷に降りずに崖上からだと更にダム方向まで獣道が続いている様子だったので、ここを入って行く。

途中で極めて細い川の分流を跨ぎ越す場所があった。
川面は2mくらい下で落ちたら大変だが、谷幅は僅かに50cm程度なので、普通なら問題は無い。
ところが、跨ぎ越した先の道がいきなり1mくらい高くなっているので、足を掛けるのに非常に苦労する。
ひとまず対岸に手を突いて、それから足掛かりを探そうとしたがなかなか見付からず、この体勢になってしまっては諦めて引き返すことも困難なので立ち往生かとちょっと焦ってしまった。

最終的に何とか横断。

苦労の甲斐あってか、ダムを正面から眺めることが出来た。
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ポカラ八景之三 雪山堰堤図

ダムがあるからフェワ湖はダム湖かというとちょっと違い、元々あった湖の水位を上げるためにダムを造ったらしい。

道は更に斜面を登り、歩いていくと別の場所で先の歩道に出た。
上から入れば、危険な谷越えをせずに済んだということだorz

さて、後は表通りに出て、適当に朝食を…

しかし、場末過ぎて見るからに食堂らしい店がなかなか無く、入るのに逡巡してしまう。
入って聞いて、駄目だったら出ればいいだけのことなのだが。

空港が近くなってもうこれ以上店が無いというところで入り、例によってダルバートを聞いてみるが無いと言われ、代わりにそこに置いてある麺を指差された。なるほど、これも美味しそうだ。
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と言う事で出てきたチョウミン。美味しかった。


9時丁度に空港に到着。
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チェックインカウンターには行列が出来ているが、先頭の人の手続きが終わったか終わらないかというところで滞ってしまい、係員がどこかへ行ってしまった。そのまま30分くらい行列が放置される。流石ネパール。
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やっと手続きが再開される。
カトマンズでは空港使用料は別カウンターで支払ってそのチケットを提出しなければならないが、こちらはチェックインカウンターで直接支払い。金額はカトマンズと同じ169.5ルピーで、0.5ルピーのお釣りが出て来ないのも一緒。

セキュリティチェックは機械が機能しておらず、全員ボディチェックと荷物開封検査。

出発ロビーに入ると、カトマンズ同様無料飲料水があったので、半分くらいになったペットボトルを満杯にしておく。
この他の設備は、携帯充電用アダプターと、品揃えは素晴らしいが見るからに高い売店が1軒。
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出発を待っていると、同じ便に乗るらしい日本人に声を掛けられた。
話していると、僕と同じ香港ドラゴン航空で入国し、客引きの話に乗ってタクシー代とホテル代合わせて6ドルという破格値になったものの、そのホテルでのトレッキングの斡旋でぼられたらしい。どの程度ぼられたかは分からないが、ホテル代だけで20ドルも取られた自分とどちらが酷いか…
この人が自分に話しかけてきた別の目的は、カトマンズに着いてから都心までのタクシーに相乗りして安く済ませようということだったのだが、こちらは空港から直接近所のパシュパティナートに歩いて観光に行く予定だったので、申し訳ないが辞退。

それにしても飛行機が一向にやって来ない。他の便は次々に来ては客を乗せて飛び立って行くというのに。あまりに待たされるので、他の便と思っていた飛行機のどれかが実は乗るべき便で、置いて行かれてしまったのではないかとハラハラする。

やっと搭乗案内があったのは定刻から1時間近く経った頃だった。流石ネパール…
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今度の飛行機はネパール国内線にしては大型機で、通路を挟んで2列+2列だった。しかしチェックイン時に職員が問答無用で勝手に座席を通路側に指定してしまい、ネパールの飛行機にしては珍しくその指定が機能していたので眺めの悪い旅になってしまった。
しかし左側だったので、辛うじてヒマラヤを眺めることは出来た。
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隣の席のアメリカ人との雑談で「I'm from Japan」と言うと「そうだと思った」と言われたが、仮にChinaとかKoreaとか言っても同じ答えだったんだろうか、やっぱり。

トリブヴァン空港に着き、ランプバスに乗車。

そして連れて行かれた先、

これが「到着ロビー」だ!!
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殆ど屋外じゃん。これには唖然…。
預入手荷物もこの手前の台にボンボン積まれ、反対側から客が奪い取って行くだけ。

途中にタクシーチケットカウンターがあるが、当然無視。

空港入口の検問は、出る場合は流石に何も言われない。

さぁ、怒涛の交通流のカトマンズだ。ポカラでなまりきった体でちゃんと歩くことが出来るか。

空港を出てリングロードを右折し、1kmくらい歩くとパシュパティナートに到着。
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どこもかしこも入場料が高いなぁと思いながら入場料を払って入る。

ここに限らず、ネパールはほぼ全ての観光施設が、ネパール人と外国人で2倍から10倍程度の価格差をつけている。ここのようにネパール人なら無料という場所も少なくない。いわば公式ぼったくりだが、外国人も一等外国人と二等外国人に差別しており、SAARC諸国(に加え時々中国も)は一等民として二等民の半額程度になっている場合が多い。外国人の中にも国籍差別があることで、余計に腹立たしく感じる。

そんな不当料金を払わされた唯一の代償といえるものがこの、TOURIST ONLYのトイレ。
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勿論ただあるだけで、他所と比べて中が綺麗ということはない。

ここはカトマンズの火葬場としても機能している寺院で、火葬の様子が間近に見られる世界的にも特異と思われるスポットだ。
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ヒンドゥでは輪廻転生が信じられているため、遺体には故人の何物も残っていないという考えから墓も作らず遺骨も上げず、火葬した遺灰はそのまま川に流して終わりだ。
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そういうことで、川べりに設けられたガートという石台に遺体を安置して最後の別れをした後、遺体に藁を積んで着火する。そして火葬が終了すると水とブラシで一切を川に流してしまう。


遺灰が流される聖流バグマティ川の上流側
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パシュパティナート地区の中核であるパシュパティナート寺院そのものに行くと、「FREE SHOES SERVICE」と書いてあるところがあって、そこで靴を預けて中に入る人が多いように見える。
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しかし何か履いたままの人もいるように見える。幾らなんでも看板がこれだけでは意味が分からない。暫くそこで様子を眺めているがどうしても分からないので、そこに立っていた警備員に聞いてみた。
「中に入るのに靴を脱がないといけないのか?」
すると、
「入れるのはヒンドゥ教徒だけ」
との答え。
「歩き方」でこの寺院の中心部はヒンドゥ教徒しか入れないという知識は得ていたが、そのボーダーラインがここなのか。しかし書いといてくれないとさっぱり分からないよ。

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道端にサドゥー(ヒンドゥ僧)がいて、観光客が写真を撮っている。
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しかしポカラ空港で会った日本人から、この僧を撮ると撮影代を要求されると聞いていたので、遠巻きに撮るに留めた。

「歩き方」に書いてある通り、猿が多い。
「モンキーテンプル」と呼ばれる寺院はここと市街地を挟んで反対側なのだが、ここも充分モンキーテンプルだ。
ここの猿は観光客の食料を強奪して危険と書いてあったが、食料らしきものを何も持っていない分には全然寄って来ず、むしろこちらが近付くと逃げていく。日光の猿よりはよほど臆病に見える。

山上にあるヴィシュワループ寺院。境内撮影禁止なのでこれしか撮ってない。
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彼方にボダナートが見える。
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一通り見物を終え、カトマンズに滞在している筈のSさん一行に連絡を入れようと、電話屋を探して電話。
「え?もうカトマンズ来たの??」
最初から旅程は言ってあった筈だがな。それにしてもそんなに驚かなくても_| ̄|○
夜合流するためにまた電話することにしてこの場は終了。

さて、電話代を払おうとしたが、最初にいた店員がいなくなってしまった。
店中、そして店の前とあちこち探し回るが、誰もいない。
幾らなんでもこのまま立ち去ってしまうのはなぁ…と思っていると、漸く別の店員が出て来た。
「今電話したんで料金を払いたい。幾らか」
と尋ねるが、何故か通じない。
残念ながらネパール語で「電話した」と言うことが出来ないので、英語で色々表現を変えて同じことを言ってみる。向こうも英語で返してくるので英語が分からない筈はない(こちらの英語が酷過ぎるという可能性はあるが(死))のだが、何を言っても
「電話したいのか。それならこれを使え」
とばかりだ。
どうにも埒が明かないので、これ以上金を出すために苦労することも無いと思い、「OK, No thank you」と言って店を出てしまった。結局無銭通話に(汗


ここから2kmほど北東に向かうとポダナートだ。
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道路に面して狭い入口があり、ここでまた入場料を取られる。
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入るとすぐに円形のストゥーパがあり、その周囲はこれに合わせて円形にレストランやゲストハウスが並んでいる。
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入ってから気付いたが、正面口のみならずあちこちに外との道路やビル内を抜ける通路があるのに、チケット売り場があるのは正面だけということ。これは横から入れば払わずに済んだということか…

周囲の建物の中には寺院もある。
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ここは仏教、特にチベット仏教なので、東南〜南アジアの上座部仏教の寺院と比べるとかなり日本の寺院と近い雰囲気を感じる。しかしそんな中で非常に目立つ特徴は、本尊の近くにダライ・ラマの写真が掲げられていること。


ツァムチュン・ゴンパ。
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ここでは僧が並んでお経を上げていたが、お経を上げては楽器を吹き鳴らすことを繰り返す。
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お経は一種の「音楽」になっていたが、楽器の方は好き勝手に鳴らしているようにしか聞こえない…と言っては罰が当たるだろうか(汗
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ツァムチュン・ゴンパ3階からの眺め
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中心のストゥーパは1箇所だけ入口があり、そこから入って一周して同じ場所から出る。一周すると言っても下層部と上層部に分かれているので、両方見ようとすると2周する必要がある。

下層は狭い通路。
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入り組んだ隙間ではでは人一人分の大きさの板を敷き、この上で五体投地をしている人が沢山いた。
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直接素肌を板に擦り付けることを繰り返すと痛いので、肌が直接接触することになる掌の部分には布を置くという工夫が見られる。

上層部はだだっ広い広場のようになっているが、人が日常通行するにしては若干きつい勾配が付いている。
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そして、上から先ほどの五体投地をする人々を見下ろす格好になり、観光客がこぞってそれを「上から目線」で撮影している。いいんだろうか(汗
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裏に抜けると他にもチベット寺院が幾つかあるので、適当に見学する。
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こちらは生活に密着しており、学校併設型が多い。

ターリーリュック・ゴンパ(多分)
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ダブサン・ゴンパ(多分)
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クンロー・ゴンパ。
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ここでは子供たちがサッカーに興じていた。邪魔しないように本堂へ。
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本堂に鍵が掛かっている場合もあるが、見たそうな顔をしているとどこからか人が来て鍵を開けてくれる場合もある。ネパール人一般が観光客から兎に角ふんだくってやろうという感じなのが多いのに対し、チベット寺院の人々(やはりチベット人か)はこの点では親切だ。それなのにお賽銭も出さずに逆にトイレまで借りてしまった(死)

これにて本日の観光は終了。表通りに戻り、流石に歩くのは遠いのでバスに乗りたいが、バスは直接タメルまで行ってくれないらしいし、そもそもどれに乗ればいいのかさっぱり分からない。仕方が無いのでやって来る乗合の乗り物を片っ端から止めて聞いてみることにした。

まずでっかいバスが来たので手を上げたが無視されてしまった。これはローカル路線バスではないということか。

次にミニバス(小型ワンボックスに折戸とロングシートを付けた無理矢理な車)が来たので、
「タメル ナジカイ ジャヌフンチャ?(タメルの近くまで行きますか?)」
…あれ、「タメル近く」なんだから「タメル ナジカイ」と言うべきだったかな?(汗
ミニバスは車掌もミニ(=子供)な場合が多い。タメルに直接行けないのは分かってるので、折角「ナジカイ」と言ったのだが、それが通じてなかったのかそれともそもそも全然違う方面だったのか、否定されたので諦める。

その次に来たのはテンプー。
同じ質問を投げると、まぁ近くまでは行くよという雰囲気だったので乗車。

乗ってみると先客が数名いたが、それに加えてお客の連れたヤギまで同乗していたのにはびっくり。

テンプー車内(但し山羊さん下車後)
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タメルに一番近いところで運転手が教えてくれればいいのだがそんな親切は期待出来ないし、明示的に頼むのも面倒なので、暗くなっていく中必死に地図を睨み、現在地を見失わないようにする。

このテンプー、真後ろに出入口があるのだが、お客は皆その出入口の方に顔を向けている。客の出入りが関心事なのだろうか。

助手席に乗っているのが助手かと思ったらただの客の様子だったり、途中から飛び乗ってきた子供が突然車掌役を始めたり、全くよく分からない乗り物だが、現在地は見失わずに都心部に近付いてきた。

もっと行ってくれればもっと近付くのに…というところで左折してしまったので、慌てて「マ ヤハーン ウトリンチュ(ここで降ります)」と叫んで下車。
運賃は降りてから運転席の横に回って払う。15ルピーだった。しかし、こんな方式だとこのタイミングで脱走する奴がいそうだが、大丈夫なんだろうか。

タメルまでまだ1kmほどあったが歩き、Sさん一行と夕食を御一緒させて頂こうとまた電話。すると
「大通りをビムセンタワーに向かって南下中」
とのことなので追いかけることにした。
ここの電話屋で料金を尋ねると20ルピーと言われたので20ルピー札を出したら、何故か10ルピーがお釣りで返って来た。
電話の場合はその時その時で通話時間も違うから、適正料金がさっぱり分からない。

向こうが最初からそういう動きだと分かっていればもっと歩行距離が短くて済んだのだがなぁ、と思いながら大通りに出て、それらしき人を探しながら南下。

暫く進むと、割と特徴的な髪型のため後ろからでも分かるSさんを発見。隣に娘のHちゃんらしき人もいるのでほぼ確実だ。
とは言うものの、万が一人違いだったら格好悪いので(他の人にはどうせ通じないから関係ないと思うもの)声を掛けて呼ぶのが憚られた。肩を叩いてもし人違いだったらうっかりぶつかっちゃいましたごめんなさいということにする、という作戦で突撃。

幸い、当たりだった。

実はSさんの後ろを友人で純粋日本人のMさんが歩いており(他の人は前)、追い付いた側としては先にそちらに気付くのが筋だったのだが、後ろからでは日本人の顔つきであったとしても分からない。やはり髪型だ。

ビムセンタワー近くにあるSさんの旦那さん経営のゲストハウスに泊まっているのでそこに戻るところだという。宿を探すのも面倒だし、一緒にそこに泊まることにした。知り合いのところならまぁぼられることもなかろう。
勿論こちらは新規顧客なので新しく部屋を用意して貰わないといけないが、案内された部屋にはベッドが3つ。無駄に広い。
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向こうの部屋では親子3人がベッド2つで寝ているというのに…。なんか適当だな。

ネパールには後3泊するが、最後の夜はヒマラヤを望む景勝地ナガルコットで泊まろうと思っているので、2泊することにした。

ネパールはバンダと呼ばれるゼネストが頻発しており、それが起こると飛行機以外の交通機関が一切止まってしまう。幸いまだ遭遇していないが、これが原因で予定通り帰国できなくなるのが何より怖いので、今回の旅行は旅程後半をカトマンズにするという危機管理策を採った。
最終日に違うところに泊まるというのはその意味では冒険ではないかということになるが、ナガルコットまでは30km程度ということなので、万が一のことがあれば一日頑張って歩けば戻って来られる筈だ。これも一応危機管理の範囲内。

Sさん一行は部屋で一休みの後夕食に繰り出すので、それに付いて行く。
夕食を一緒にしたかったのは、自分の食べ物屋を捜す目が壊滅的に駄目なことにある。場末の食堂に行って雰囲気相応の詰まらないものしか食べられなかったり、綺麗な店に行ったら高いばかりで相応の価値は無かったりという失敗を何度となくしているので(勿論成功することもあって、その喜びがあるから一人歩きはやめられないのだが)、出来ることなら食事のコーディネートは他人任せにしたいのだ(死)

付いて行った店でモモを食べる。
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今までのモモの中で一番美味しかった。やはり人に頼って良かった。

ゲストハウスに戻ると、それまでずっと寝ていた子供のR君が突然元気になってしまい、入れ替わりに母親が疲れて寝てしまったので、子供の相手をすることに。

自分より結婚が早かった友人の子供に「おじさん(おばさん)」と呼ばれ最初の深刻な精神的ダメージを受けるというのが社会通例だが、今が正にその状況になろうとしている。それに耐えられるだけの精神鍛錬は積んでいないため、攻撃を回避するためにこちらが一人称を「お兄ちゃん」とする先制攻撃で防御を図った。

飛行機の玩具で遊んでいるので飛行機の話をするが、幼稚園児相手に飛行機の飛び方なんて、どんな言葉を使ってどの程度説明すればいいものか(汗

…そもそも深夜帯に子供の相手をしたこと自体が教育上宜しくなかったかな。お母さんが寝てるんだから無理矢理にでも寝かしつけるべきだったかも…
23:59 | Comment(0) | 旅行

2010年10月28日

ネパール旅行6日目:サランコット

今日は北のヒマラヤ展望地であるサランコットへ。

昨日の日本山妙法寺より更に高所であることもあり、昨日より早く6時に出発。

この時間でも営業を開始している店が多い。従って朝食を摂ることも出来るし、昨日の反省から絶対そうすべきだったのだが、それでもなるべく早く山に登りたいという気持ちが勝って、またしても朝食抜きで登山することにしてしまった。

レイクサイドのメインストリートを抜ける。
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待ち合わせに失敗したジャーマンベーカリーその1を過ぎると、観光地の雰囲気が薄れて田舎っぽくなっていく。
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サランコットへの道について、「歩き方」には「特に迷うものではない」と書いてあるが、実際には湖畔道路からの分岐の箇所が拡大図の範囲外であることもあり、どこで曲がればいいのか分からない。昨日は聞けと言われたところを聞かずに済んだのに、今日は聞く必要が無い筈のところをその辺の人に聞く羽目に。

「サランコット カハーン チャ?(サランコットはどこですか?)」

すると「ヤー」と言いながら山へ向かう道を指してくれた。ここが分岐らしい。しかし「ヤー」とはどういう意味だろう。
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曲がると早速登り勾配。物凄い舗装なので足にキそうだ。
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暫く行くと河川敷に出る。
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そして川を横断すると、左に登山道のようなものが分岐しているように見える。
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そちらの方がより登っているように見えるものの、目印も無いところでわざわざ本道を逸れることも無いだろうと、直進してみた。

暫く進むと、民家の庭先のような感じに。

そして道がいつの間にか段々畑の一段にマージされてしまい、終了してしまった。
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うーむ、そうするとさっきの登山道だったのか…。
仕方なく戻り、登山道へ進入。

実はこれも間違いだったことに下山時に気付くことになるのだが…。

登山道に入ると、さっきの道からは斜面の遥か上に見えていた民家の脇を通る。
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後はひたすら上るが、一般向けのハイキングコースにしては勾配がきつく(階段になっている部分が殆ど)、昨日に続き暑いので体力の消耗が早い。いや、一番の原因は事前に燃料補給していないことだろうけど(汗

そういうわけで、富士登山の時よりも頻繁に休憩してしまった。

暫く登ると車道にぶち当たる。
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何も書いてないので登り方向らしき方角へ。

車道を暫く進むと、登山客が上から降りてきて、車道を横切ってそのまま降りて行ってしまった。
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なるほど、ここからまた登山道に入るのだな。
しかし、下の方は…

サランコットはポカラ随一のヒマラヤ眺望スポットなので、日の出前にタクシーで登り、御来光を拝んでから徒歩で下山するというパターンが多いらしい。そういうことで、下山する旅行者と割と頻繁に擦れ違う。

因みに自分がそうしなかったのは、当然タクシーに乗りたくないからに他ならない。ただでさえぼられること必至なのに、深夜帯とあってはどうなることか、考えたくもない。

途中で数人の地元民がたむろしていて、挨拶をされる。
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ここで客引きということも無いので挨拶を返して通り過ぎようとしたら、
「ネパールの教育のために寄付を」
と言い出した。

領収書の書式の束みたいなのを持っているので、正式っぽく見えるものの、初日の雲助に同乗していた自称公式ガイドも、写真付きの身分証明証を首から提げていたのに、それでもアレだ。全く信用ならない。
それに、そもそも寄付なんかしたくないし。

こちらが渋ると
「No donation, no sarangkot.」
と、通行料のようなことを言い出す。ふざけるのもいい加減にして貰いたい。

なおも渋ると「たったの100円(勿論英語)」と言う。寄付を求める立場で勝手に金額決めて、しかもそれを「たったの」とか言うんじゃねぇ。
しかもその次の瞬間には20ルピーに値下げしたから、全くいい加減なものだ。

そもそもびた一文くれてやるつもりはないので、考えてみたら話の相手をしているのがそもそも間違いだった。途中で切り上げ、無視してそのまま進むことにした。

更に登るとまた車道に出る。またしても登りの方向を見極めて曲がる。

この辺りから売店や食堂がちらほら目に付くようになる。
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こんな山の上で…と思ってしまうのはわざわざ歩いて来たアホならではの感想。ゲストハウスも目に付く。

車道を少し進むと、前方の禿山みたいな山の山肌を登山客がジグザグに降りて来るのが見えたので、今回も車道からの分岐を容易に知ることが出来た。
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この山肌を登るとまた車道に出るが、ここは最早江ノ島のような斜面に商店が密集する状況で、目的地が近いことを感じさせる。
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そして階段を登ると、
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…さっきの寄付強要野郎は論外だが、いずれにしろ有料は有料だったのか…。

25ルピー払っていよいよ山頂へ。
宿から3時間の、なかなか長い登山だった。

山頂には更に階段を上って行く展望台があるが、この展望台が混んでいる。
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その下でも殆ど眺めは変わらないので、展望台には足跡をつけた程度で、基本的に下から眺める。

流石に眺めは格別。日本山妙法寺より迫力がある。
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とは言うものの、妙法寺の方が登山が楽なことと、湖と山が一度に眺められるという景観が得られることから、どちらか1つしか登れないとすれば妙法寺の方がいいと思う。

今日もパノラマ写真機能を使ってみた。
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眺めを堪能して下山開始。

食堂が多いので、折角だから眺めの良さそうな食堂で遅めの朝食を…と思ったのだが、眺めが良さそうな食堂はどういうわけかどこも人が出て来ないので諦めては次、とやっていたら店が無くなってしまった。

ネパールでは犬の多さに比して殆ど見かけない猫
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下山道も同じ道なので、さっきの寄付強要野郎とまた喧嘩しないといけないのか…と思ったが、いなくなっていた。

下山の際により強く実感することになったが、やはり勾配がかなりきつい。断崖絶壁を恐る恐る降りているような錯覚に陥る。

そんな急斜面からはフェワ湖も見えるのだが、早朝のうちは勿論のこと、日が高くなってもそれほど綺麗に晴れ渡っているとは言えない状況だった。
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とは言え、これを降りて行くのだ。スリルは格別。
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自分が登ってきたのと違う方向へ降りていくな…と思った道を、彼らと同じように選ぶ。

どんどん降りると、最初の河川敷の道路に出た。
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こんなところから分岐するのか。分からなかったぞ?

と思ってよく見ると、足元の石に2箇所ほど黒いスプレーで矢印が書かれていた。
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これかぁ…。これは見落とすよ。

と思うものの、この道を降りる道中少なからぬ登山客と擦れ違ったので、ちゃんと発見出来るものらしい…。

湖畔道路まで辿り着き、さてどうしたものかと思案するが、ポカラの観光地は大体回ってしまったので、意味も無く湖畔道路を上流方向へ散策してみることにした。
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レイクサイドから離れて人家もまばらとは言え、そのまばらな人家がかなりの比率で食堂になっている。適当に入って昼食にダルバートを注文。
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ここは大皿に全てが入った形式ではなく、珍しい。

鶏肉入りを注文したが、小骨入りで煮込んであるので食べにくい。
小骨を捨てる皿も無いので地面にうっちゃったら、足元をうろついていた鶏がそれをつつきに来た。ぉぃぉぃ、共食いかよ…

因みにチヤも注文したのだが、忘れ去られてしまった。

食堂に行けば一応トイレがある場合が多いようだ。勿論紙無ししゃがみ式だが、小用は気楽だ。こういう時は男に生まれて良かったと思う。

更に進む。

フェワ湖はやがて湖面が藻に覆われるようになり、いつの間にかそれが本当の陸地に変化していく。
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しかし湖の延長であって広い平原が続く。やはり上流からの堆積物で湖が埋められた結果だろうか。
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両岸とロープで繋がれた簡易な渡し舟。勝手に乗っていいんだろうか。
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このあたりはサランコット頂上附近からのパラグライダーの着陸地帯になっているようで、意外に観光客が多い。そして、そんなブルジョワな遊びをする観光客しか来ない場所から、周囲の僅かしかない店も高そうな店が多いのだった。



正面に学校のゲートのようなものがあるが、その先は引き続き普通の道のようだ。はて??
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と思うと、ゲートのところで右折するとその先に学校があった。それなら右折したところにゲートを造らないだろうか。変な構造だ。

案内看板には「handycraft shop」だの「tea shop」だの、一般客を歓迎する文字が並ぶ。学校でそんなことをやっているのかと気になる。帰りに寄ってみるか?

進むに従い段々人家密度が低くなってきたが、ここへ来て突然小規模ながら密度の高い集落が現れた。
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また、時々バスもやって来る。


上流へひたすら歩いてみようと思ったのは、「歩き方」に「やがて車道が終わり…」と書いてあるので、車が通れない長閑な道が現れるのかと思ったのだが、この調子では一向にそんな状態にはなりそうにない。

集落を抜けると、道を川が横切っていた。凄い構造だなぁおい。
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幾ら進んでも何か変化があるとは思えなくなって来たので、これを潮に引き返すことにした。
とは言っても水に阻まれて引き返した格好になっては悔しい。
深さはさほどでもないので渡渉自体は容易だがやはり靴を濡らしたくはない。足を濡らさずに横断出来る場所を探して無理矢理横断。

手前の流れには中洲があり、奥の流れには偶然なのか意図的なのか飛び石状に石が露出していたので、これを伝って横断した。
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帰りに油断して踏み外しそうになり、危うくゲームオーバーになるところだったが(汗

因みに、あくまで車道なので車はこうやって特攻していきます。
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帰り道、大勢の生徒とすれ違う。先ほどの学校の授業が終わったようだ。

そして、チヤを飲もうと先の看板に引かれて学校へ。
しかし、学校の門をくぐるとそれはどう見ても学校施設でしかなく、来訪客はどうすればいいのか分からない。
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少しそのあたりで右往左往していると、関係者らしき人が通りかかったので「チヤ ピウヌ チャハンチュ(お茶が飲みたい)」。

するとその人は鍵を取りに事務室に行き、戻ってきて正門脇の建物のシャッターを開ける。「ここがハンディクラフトショップ」と説明してくれる。
そしてその奥のシャッターを開けたので、そこが喫茶店なのかと思ったが、開けてみて「あれ、おかしいな?」という表情になってしまった。案内人に困られては途方に暮れてしまう。
何がどうおかしかったのか分からないが、この建物をやめて奥の方へ連れて行かれた。

案内された建物は、どうも寄宿舎の様子。
玄関を入ってすぐのロビーが食堂を兼ねており、そこに座らされる。
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…あれ、これってもしかして女湯覗き?(汗

お茶を待っている間に案内人は最初の場所に戻ると言って出て行ってしまった。
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そして出されたお茶を飲み、金は先の案内人に払えと言われたので、建物の外へ。


そこで子供に捕まり、デジカメを貸してくれというので、落とされたら敵わないとは思うものの無碍にも出来ず…。
僕の写真を散々取り捲って、いつまでたっても終了しない。
痺れを切らして、半ば奪い返してその場を終了。
勿論子供が撮った写真は全部消しました。自分の顔の写真なんか見たくも無い。

「最初の場所」と言うからハンディクラフトショップのことかと思ったら、そこは既に閉鎖されていた。
結局学校に入って来た時と同じようにそこで右往左往する羽目に。暫くすると当人が現れた。

代金は30ルピー。高いな…。勝手に寄付金が上乗せされているのか、学校と言えどもやはりぼったくるのか…。

ひたすら歩いてレイクサイドに戻ると夕方。
歩いてばかりではあるが、観光内容としては「のんびり」した一日となった。

おや、こんなものがあったのか、早くに気付いていればよかった。
普通にボトル入りの水を買うと1l20ルピー程度なので、これは安い。

今日でポカラは終わりなので、商店街でお土産を物色したいところだが、旅行自体が終わりというわけではないのでまだ荷物を増やしたくはない。

外国に来ると本を探したくなるのだが、この国では字が読めないのでお手上げ。字が読める本となると当然英語とか日本語になってしまうが、はるばるこんなところまで来て買うものではなくなってしまう。
それでも地図は欲しいので、ポカラのペラ地図を購入。

ポカラはフェワ湖で水揚げされる魚も特産らしく、あちこちの食堂で看板が出ている。
ネパールの魚料理はどんなものか試してみようと、魚の看板が出ている店の中から1つを選び入店。

ところが注文して暫く待つと、肴は品切れだという…。
一緒にビールを注文してしまったので、今更出るわけにも行かず、仕方なく代わりに「ネパール風チキン」とやらを注文。
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これが、不味いとは言わないが、面白くない代物だった…。
23:59 | Comment(0) | 旅行

2010年10月27日

ネパール旅行5日目:日本山妙法寺

部屋は1階なのだが、隣のゲストハウスの前庭に隣接している。そしてこの前庭で夜は遅くまで、朝は早くからブッフェ形式で食事が出されていて、やかましいことこの上ない。やかましい上にこちらが1階なので外から丸見えだからカーテンを閉めないといけないが、カーテンの長さが足りない…。

とは言えここには連泊するため、洗濯物が干せる。ということで4時頃起きて洗濯開始。
毎回海外旅行では着替えがことのほか重量と体積が嵩み、特に旅程後半になるとその重みが辛くなってくるので、今回は連泊する箇所が存在することを前提に、着替えは最小限にしたのだ。

洗濯物を部屋に干し、日照時間は最大限使わないと勿体無いので、6時半頃出発。

今日は日本山妙法寺(World Peace Pagoda…日本語と英語が全然違う)に登ってみようと思うのだが、そこから眺めようと思っているヒマラヤの山々がどうも雲っぽい。これは行ってもがっかりするだけかな…
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とは思ったものの、登るのを諦めてみて後から晴れてしまっては、登ってがっかりするより歯軋りする羽目になることは必至。やっぱり行ってみよう。

その前に、日本山妙法寺に向かう道の途中にあるパタレ・チャンゴを見物。
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有料だが7時前から営業している勤勉な施設だ。
ここはフェワ湖(「レイクサイド」の「レイク」のこと)から流れ出した川が滝になっていて、その下流は地底洞窟に飲み込まれているという特徴的な景観だ。
嘗てデヴィという女性が転落死したという「話」があることから別名デヴィズフォールと呼ばれる…と「歩き方」には書いてあるが、現地にはその事故の詳細を記した看板があり、転落事故だって起こって不思議はない話だ。何故信頼を置かず「話」とするのだろうか。

水温が高いのか、園地はちょっと暑い。

肝心の滝は谷の切り込みがあまりに深いため、柵が崖より若干手前にあることもあって谷底まで見通すことが出来ない。
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尤も雨季で水量が多い時期に来ると、これでもびしょ濡れになってしまうらしい。
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ヒマラヤの模型なんだろうか。
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この国の英語の禁止は「〜 is strictly prohibited」と書くのが好きなようだ。普通なら「No 〜」で終わるところをやたらと長く書いてあるから何事かと読んでみてガクッと来る。

パタレ・チャンゴの道の反対側にはグプテシュワール・マハーデヴ洞窟がある。
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パタレ・チャンゴで飲み込まれた水が流れる洞窟だ。

地上ですら暑かったのに、その水分が充満している洞窟とあっては湿度は最高、暑さも更に酷い。

この洞窟は前半がシヴァ寺院になっていて、洞内に入ると、まずは牛の像が祀られた袋小路のような場所がある。
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実際には袋小路ではなく像の脇を通ると出て来られるのだが、それに気付かず元来た道を引き返し、隣にもう1つ道の入口があるなと入ってみると、すぐ像の脇に到達したことで気付いた次第(汗

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何故か上りと下り(と思われる)を厳格に分けた階段を下りると、本尊らしき場所。スタッフらしき人が2人掃除中。
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本尊の脇から更に降りていくと例の水流に行き当たるのだが、ここを降りようとすると掃除中の人に呼び止められ、洞窟入口で買ったチケットをちぎられた。チケットを買った時点で「改札」は同時に済んでいたと思っていたのだが、有料ゾーンはここから先らしい。

この先は足元が悪いので気をつけないと、洞窟に自分の名前が付いてしまう(汗

一番奥まで行くと、バタレ・チャンゴの水が落ちてくる場所、つまり地上の光が差し込む場所が見え、そこから水が流れ込んで来る様子が分かる。
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バタレ・チャンゴでびしょ濡れになるほどの水量を体感するのも醍醐味かも知れないが、それだけ水量があるとこちらの洞窟が水没してしまうので入れなくなるらしい。両方見物しようとしたらこのくらいの水量がベストだ。

汗びっしょりになってしまったので、念のためと持って来ていた団扇を取り出す。ああ、気持ちいい。

団扇で扇ぎながら歩いていると、その辺の子供がこれを欲しがる。タダみたいなもの(というか実際タダだし)だからくれてやりたいところだが、この1本しか持って来ていないから今の自分にはPricelessな代物だ。手放すわけには行かない。

タシリン・チベット村というチベット難民居住区が近くにあるので、ついでに見ていく。
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ポカラは割とどこの商店も早朝から営業しているが、この居住区はまだ寝静まっているかのようだった。昼間に来れば絨毯とか宝石とかを売っているらしいが。

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妙法寺への入口は分かり辛いのでその辺の人に聞けと「歩き方」には書いてあるが、実際には看板が出ていて聞く必要はなかった。

看板のところを入ると、川上牧丘林道のような荒れた道。
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歩いていると、遠くの山の雲が晴れるどころか、あたり一面ガスが掛かって全く見通しが利かなくなってきた。
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これはいよいよ不安だ…

しかし寺が近付くと綺麗に晴れ渡った。日頃の行いが良かったのかな。

どうも7時〜8時頃はフェワ湖周辺に物凄い霧が出るようで、その時間帯以外は概ね晴れ渡る模様。

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一昨日ルンビニで日本山妙法寺の見物をあっさり諦めたのは、遠過ぎることもあったが、ポカラに同じようなものがあるからそっちでいいか、と思ったこともある。

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当地のヒンドゥー寺院は、寺院正面で寺院に向かって拝む動物の像が置かれていることが多い。こちらは仏教だが、そういう文化の流れなのか、本堂に向かって手を合わせる僧の像がある。

そしてその本堂の上層からの眺め。素晴らしい。
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フェワ湖に雪山が映り込んでいるのがなんとも綺麗だ。
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安物デジカメのパノラマ写真機能を久々に使ってみた(写真3枚を合成)
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ポカラ市街(レイクサイド)。
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しかし、朝飯前の観光と思って登ってきたが、流石に朝食無しでは疲れてしまった(汗
快晴なのは眺めにはいいが暑くてしょうがないので、日陰で暫く休憩。


湖の方向に降りればボートでレイクサイドに行けるらしいので、そちらに降りる。
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ボートは直接料金を払うのでなく、湖岸のレストランで切符を買う。250ルピーだと。随分高いな…。またぼられたかな(死)
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乗り込むと、「You, one side」と言われてオールを渡される。高い金取った上に漕がせるのかよ…日本人は奴隷かorz
そもそもボートなんて漕いだことないんですけど…。

お客様を奴隷扱いする一方で、船首には船頭の仲間と思われるおばさんが何もせず座っている。しかもこのおばさんと船尾の船頭(こちらもおばさん)が煙草の回し吸いをやっていて、一番前と一番後ろでは直接手が届かないので中継をさせられる。こんな毒物触りたくない…。もう最悪。
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ネパールは昔の日本みたいな考え方で、女は酒も煙草も駄目という話を聞いていたのだが、その割にあちこちで煙草を吸ってるおばさんを見かけるのだが…。

片手で漕ぎながら片手で撮影と思ったが流石に無理だった。仕方ないのでちょっと漕いではサボって撮影ということを繰り返す。
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途中にある島に寺院があり、ここに上陸するのも観光コースだが、ここで気変わりしては更に船賃が掛かってしまうことになるので、出来るだけ島に近付いて湖上から写真を撮るだけにした。
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というより、もし途中下船したら漕艇要員が欠けることになるからそもそも許されないだろうか?

レイクサイドに着き、遅過ぎる朝食、と言うより最早昼食と言うべきものを食べるべく、店を探す。
レイクサイドは完全観光地で店もほぼ100%外国人をターゲットにしているので、高い店が多い。

出来るだけ場末っぽい店に入り、昨日美味しかったのでまたラッシーとモモを注文。
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午後は、市街地の北の方にそこそこの観光地があるようなので、そこまで行くことにした。
4kmくらいあるので歩くには遠いが、バスは途中までしか行かないらしいのであまり利用価値が無い。自転車を借りるといいのだろうが手続きが面倒だし駐輪中に盗まれないか心配だ。結局歩くことにした。
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市街地の北方向は観光産業から離れた生活密着型の商店街だが、東西に新旧の商店街が並行していて、古い方は「オールドバザール」(そのまんま)と呼ばれる。こちらは商店街としては寂れていて、どこにでもある飲み物やスナック菓子が並んだ小型売店程度の店しかない。

オールドバザールには、古くからのネパール様式なのか、特徴的で古風な建物が並ぶ。
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因みに新しい建物はここに限らずコンクリート建築が多いが、これがどことなく沖縄の場末の集落に雰囲気が似ていると感じる。

オールドバザールの北にビンドゥバシニ寺院がある。日本山妙法寺を別格とすればポカラで一番大きい寺院だろうか。
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朝来ると毎日生贄の儀式などやっていてそれはそれで見応えがあるらしいが、やはり朝は山に登りたいと思ったので。

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境内は麓と山上に分かれていて、山上がメインだ。
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物乞いの子供がうろうろしていて鬱陶しい。これを無視して堂内に入ろうとしたら、この子供に靴を脱げと怒られてしまった。ゴメンナサイ。
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ネパールの寺院は日本のそれと違い、靴を脱ぐべきかどうかがよく分からない構造の場合が多い。勿論明記してある場合も多いのだが、その立札さえ無ければ床構造といい土足エリアと何の違いも無いことが多く、目で見て判断出来るものではない。
また、ここは違うが日本山妙法寺など屋外に土足厳禁エリアがある場合もあり、雨の日などはどうするのかと思ってしまう。

「歩き方」に「疲れたらチヤを飲んで一休み」なんて書いてあるので、その辺の食堂で一杯飲むことにした。
食堂と言っても看板が出ていないことが多く、外から見ると売店と区別がつかないことが多い。中を覗き込んで椅子とテーブルが3組くらいあれば客を中に入れるつもりがある店なんだろうな、と判断する次第。因みに英語看板が出ているとこれは外国人を標的にしているわけで高い可能性があるから避ける。
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そんな感じで適当に入店し、一杯飲む。美味しいし10ルピーと安かった。テーブルに蝿が20匹ぐらいいたのには閉口したが…。

大学構内に自然史博物館があり、個人的にはわざわざ興味を持って立ち寄るほどの施設ではないものの、このまま戻ると時間が余って勿体無いので見学。無料。
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入るとこの地域に住むいろいろな動物の半立体画があり、英語・ネパール語で説明が添えられているが、字があまりに小さくて読む気がしない。
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蛇一覧の絵もあったが、先日Sさんが家に出たと言ってブログで写真を晒していた蛇(南蛇(ナンダ)と推測)が無い。完全に網羅してはいないようだ。
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説明の文字が赤いのが毒蛇。日本なら毒蛇は基本的にマムシ、ヤマカガシ、ハブで終了だが、流石にこちらは毒蛇の種類が多い。迂闊に自然の中に入り込むと危なそうだ…。

博物館をもう1つ見学。今度はポカラ博物館。こちらは有料だ。
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入館料の他にビデオカメラ持込料が掛かるらしいが、何故カメラ全般でなくビデオカメラを規制するのだろうか。勿論デジカメはビデオカメラではないので無視。
ここはネパールの様々な民族の歴史や風俗の展示。元々ネパール国内の民族の区分もよく分からない人間にとってはチンプンカンプンだ(汗

そんな中で(興味の持ち方が実に下らないが)遺体の模型と共に葬送の作法を記述した展示が目を引いた。
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バザールに並行してセティ・ガンタキという川が流れているが、上流は等々力渓谷のような街中で緑に覆われた深い谷である。
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これに対し、この博物館の裏てあたりで突然川幅が広がり、広い河川敷を有するようになる。
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その変化があまりに突然で面白い。
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こちらでは日本では利用が終焉した川砂がまだまだコンクリートの基材として使われているようで、河川敷から巨大な砂袋を重そうに背負って運び上げる人の姿が目立つ。


近くの学校の授業終わり時間に当たったようで、生徒が沢山出てきた。
Sさんの子供は今長期休みで、それ故カトマンズに遊びに行くことが出来ているというのだが、一方でこのように登校する生徒たち。学校によって休みの期間が違うのだろうか。


そして商店街に戻る。この辺りはバイク屋が多い。
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ネパールの店は大体どれもくたびれた雰囲気なのだが、流石にバイク屋や自動車屋は外も中もピカピカな場合が多い。

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…読めませんorz

どんどん南下するとポカラ空港の脇を通る。
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滑走路脇の道路が殺風景なのは万国共通のようだ。


この国では果物を売る屋台があり、店によってはそれを搾ってジュースを作ってくれる。喉も渇いたのでそれを飲んでみようと注文。
パイナップルやらオレンジやら色々使ったミックスジュースである。
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ところが、飲んだ後に代金を払おうとすると、250ルピーだという。べらぼうに高い。

「冗談じゃない、物価の高い日本でさえこんなにはしない」

と文句を言ったが、先に飲んでしまった弱みと相場を知らない弱みで、向こうが150ルピーに下げたところで諦めて払ってしまった。
そこで200ルピーを渡すと、釣銭を20ルピーしか寄越さない。「あと30寄越せ」と言うと「180ルピーだ」と平然と嘘をつく。最後まで卑怯な連中だ。
最終的にもう30ルピーも取り戻した。ついでにバナナを1本くれたが、どういうつもりだったのだろうか。

全く、油断のならない国である。

昨日の夕食は贅沢をしたので今日は安い店にしようとレイクサイドをうろつくが、レイクサイドではやはり安いと言っても知れている。また適当に場末の店に入ると、英語メニューが用意してある明朗会計店だったのでその点は安心した。

今日の夕食
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ゲストハウスに戻ると、「今日は団体客を1階に纏めて入れるのでお前は2階に行ってくれ」と言われる。1階の環境は酷いものだったので環境が改善されるのはいいが、洗濯物を干しているから引越しが面倒だ。それに、僕の戻りが団体客の到着より遅かったらどうするつもりだったのだろうか。

このゲストハウスの管理人は昨日書いたとおり日本語が出来るため、日本人客が非常に多い。今夜もロビーで日本人客と管理人が話し込んでいた。その話に引きずり込まれて聞いていると、このお客さんは帰国時に香港で競馬をしていくという。そこで彼が予約したホテルへの行き方と、そこから競馬場までの行き方を指南することに。なんでこんなところまで来て香港の交通案内やってるんだ自分。
23:59 | Comment(0) | 旅行

2010年10月26日

ネパール旅行4日目:ポカラ東奔西走

4時頃起きてシャワーを浴びるがお湯が出ない。夜のうちに使わないとお湯がなくなってしまうんだろうか。
まぁ寒くはないから水でもいいか。は、はーくしょん。

4時半頃出発しようとするが、フロントに誰もいない。声を出してみるが誰もやって来ない。
部屋代は前金で払っているので鍵を放置して勝手に出て行こうかとしたが、玄関に鍵が掛かっていて出られない。
2階から飛び降りるのは流石に痛そうだし…

しょうがないので今一度フロントで大声を出すと、スタッフが足元から起きてきた。そんな近所にいたならさっき呼んだ時に起きてくれよ…。

バスパークに行き、「マウンテンルートでポカラに行きたい」と言うと、「暫く待ってろ。バスが来たら呼ぶ」と言われて切符も売ってくれずに待たされる。20分ほどすると「バスが来た。乗れ」とそのまま乗せられてしまう。切符は無いの?

バスはまだ暗い道を北へひた走り、20kmほど行ったところにあるブトワルのバスパークに入り、ここで長時間停車。
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物売りもいるし露天商も店を開いている。本当ならここで朝食とすべきなのだろうが、動きのよく分からないバスを降りると置いて行かれないか心配でしょうがない。そもそも食事をしていては、出発に気付いても咄嗟に飛び乗ることも出来ない。大人しく車内で待つことにした。

バスパークを出るとバスは東へ進路を変えた。あれ、ポカラって真北では?

暫く走っている間に地図を見て気付いたが、平地ルートに乗せられてしまったらしい。しかも切符は無く車掌に金を払うだけの普通の路線バス形式だったのだが、400ルピー取られた。ぼられたのか、ネパールならではの不明朗会計なのか…。

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東に向いたので正面に見えた日の出。

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途中ただの道端でトイレ休憩があったり、路上でトラックが横転していたり、これがネパールかと思わされる光景が続く。
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分かり辛いけど横転したトラックのおなか

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そしてナラヤンガートに到着。
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この街はカトマンズとバイラワのほぼ中間で、ちょっと北に行けばカトマンズとポカラを結ぶ道路に出る場所だ。つまり、平地ルートとは真北に行けばすぐ着くところをカトマンズ方向に半行程も行くほど東に大きく迂回するルートだったのだ。それでも山ルートと所要時間が変わらないというのは、山道はそれだけ酷い道ということだろうか。

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この街で、何故か路地裏に入り込んで長時間停車。


ここから道は渓谷沿いとなる。
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カトマンズとポカラを結ぶ道路との交点には、すぐ近くにあるマナカマナ寺院へのロープウェイの看板が出ていた。
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このロープウェイは確かネパール唯一の存在だ。こんなこっちまで来ると知っていれば、途中下車して見物する旅程にすれば良かったな…。

ポカラ方向に進路を変えると、すぐに立派な吊橋。
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マルシャンディ川に沿って進む。
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カトマンズ・ポカラ間はツーリストバスという、自分が今乗っているのとは違う健全な旅行者専用のバスが沢山走っている。
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ところがこのダイヤが硬直化しており、出発が会社によらず7時頃に集中しているため、一度に大量のツーリストバスとすれ違うがその後は全くやって来ない。

途中ガソリンスタンドに立ち寄って給油を兼ね休憩。
ここでTOILETの看板が目に入ったのでトイレに行くことにする。
ところが、並んでいたら中の人が出てくると同時に突然横から人が割り込み入ってしまった。開いた口が塞がらない。大阪人もびっくりの民度の低さだ。これがネパールか…。
トイレはしゃがみ式で紙も無いが、男の小用なら問題無い。

乗車したバス。
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ポカラが近付くと、ヒマラヤが見えるようになる。
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ビジャヤプル・コーラを渡る橋。これを渡ればもうポカラに着いたも同然。
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芳ばしい廃橋が隣にあるんですが…。

ポカラゲート。
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…何故サッカーボール?


長かったバス旅も終わり、ポカラに到着。
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バスパークが終点だと思って降りたのだが、まだ先に行く様子だった。しかしどこへ連れて行かれるか分からないし、友人との待ち合わせ場所も未定だから現段階ではそもそも連行先が分かっても行っていいものかどうか判断が出来ない。

近くのネット屋に入店。
昨日の店は日本語は表示できるものの日本語入力が不能だった(のでメッセージは英語で送信)が、今日の店は日本語表示すら出来なかった。文字コードで日本語を選んでも「インストールディスクを入れろ」とか出て来るのでお手上げだ。この状態で日本語サイトのメッセージページに辿り着けるのか、辿り着くことが出来てそして彼女がメッセージをくれていてもそれが日本語だったら…
甚だ心配になるが、何とかサイトの雰囲気でメッセージページに辿り着くことは出来、昨日僕が英語で送ったのが功を奏したのか、ローマ字で返事が来ていたので読むことが出来た。

やっと電話番号が手に入ったので今度は電話。ネット屋はほぼ必ず電話屋を兼ねているので楽だ。
「電話したい」と言うと「どこの番号だ」と言われ、見せると店員がダイヤルするが繋がらない。リダイヤルしても駄目。えー、そんなぁ…
めげずにもう一度、今度は自分でダイヤルしてみると繋がった。店員さん、番号間違えてない?

「今船着き場からメインの通りを北の方に歩いてるところ。そうねぇ…ジャーマンベーカリーで」

「歩き方」の地図と照合し、ジャーマンベーカリーを見付けたのでそこへ行く。

ジャーマンベーカリーのあるあたり。これがレイクサイドか…。
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雰囲気が心なしかウシュアイアに似てるな…
と思ってその後会う人会う人にその印象を伝えてみたが、分かって貰えない。ウシュアイアなんて日本人やこの地域の人には馴染みが無いから当たり前かorz

ところがこのあたりで暫く待つが一向に現れない。買い物に時間が掛かってるんだろうか…と思うが、30分待っても一向に現れないので、近所の電話屋でまた電話。

「どこ行ってるの?レイクサイドの北の店行っちゃったんでしょ!そこからずーーーっと南に行けば右側にあるから」

…同じ名前の店が複数あるところを指定しないで下さいorz

ところでそろそろ両替をしたいので、目の前に銀行があるから寄って行くことにした。レートは両替所より良く、T/Cなら更に良いのでここで両替をしたい。
ところが先客で散々待たされ、やっと順番が回ってきたと思ったら手数料が要るという。ぉぃぉぃ、手数料が要るんじゃ両替商より実質レート悪くなるじゃないか。最初から書いとけよ。
何の役にも立たなかった上に15分くらい無駄にしてしまった。女を待たせると怖いから急がねば。
それにしても南のジャーマンベーカリーとはどこだ…と地図を見ると、確かにずーーーーーーーっと南、ダムサイドと呼ばれる地区にあった。そこまで約2km。
うわっ、遠過ぎ!
これは走って15分のロスを取り返さないと…と走る。
(距離が近い方が15分の影響が相対的に大きいという尤もな突っ込みは受け付けません)

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息を切らして到着するが、またしてもそれらしき人影は無い。一体どういうことだ???

向かいに電話屋があったので三度電話。

「ちょっと!物凄い勢いで走って行ったでしょ!ダムサイドに行っちゃったんでしょ!呼んだのに気付かずに…。その間にあったのに!」

        /つ_∧
  /つ_,∧ 〈( ゚д゚)
  |( ゚д゚) ヽ ⊂ニ) まじっすか??
  ヽ__と/ ̄ ̄ ̄/ |
   ̄\/___/

2店あるだけでもハマるのに、3店もあるとは…。

「こっちもそっち向かってるから、今度は見落とさないでよ?」

はいはい…

向こうはSさんとその子供2人、そして遊びに来ている彼女の友人2人の大集団(実際には更に彼女の旦那さんの従弟もいた)の筈なのでまさか見落とすことは無いだろう。

暫く歩くと、道の反対側から「ジャパニーズ?ジャパニーズ?」と声が掛かる。
ああ、お決まりの客引きか。それにしても中国人扱いしないとは感心だな…

え?待てよ?

見てみると日本人女性が2人いた。Sさんの友人だ。
大集団のつもりをしていたので、日本人といえども2人しかいないのでは見落としてしまう。

「今Sはそこで両替してるから」

…大集団の筈がそんな罠を仕掛けていたとは。危ない危ない。

やがて両替屋から出てきたSさんに「歩き方」を見せて、件の店はどこなのかと問い詰める。

「ホラ、ここにあるでしょ…あれ、載ってない??」

酷いよ、お姉さん…_| ̄|○

ジャーマンベーカリーはダムサイドとレイクサイド中程、レイクサイド北端の3店を擁するが、「歩き方」の地図には両端の店しか載っていないのだった。
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まぁ兎に角、彼女が本当にネパールに住んでいることは確認出来た。
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昼過ぎに着いたのに、とんだ騒動でもう夕方になってしまった。
旅行中の彼女の友人も含め、夕食には帰宅し、明日からはカトマンズ旅行だというので旅程はすれ違いだ。1時間ほど歩きながら世間話をした程度で、Sさんの知り合いの日本語が出来る経営者のゲストハウスを紹介して貰い、1人でそこに泊まる。
その前に両替屋に行って両替をし、また両替証寄越せと言ってみるが、銀行以外では両替証は発行しないらしい。ネパール語入門書も地球の歩き方も嘘ですか…orz

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一旦チェックインしてから、夕食を食べに外へ。「旅行中ハマった日の夕食は贅沢をする」という意味不明なルールを唱えていた人がいたな…と思い、それに従い「Wi-Fi」の文字だけに釣られて高そうな店へ。昨日食べられなかったモモと、ラッシーを注文。

ラッシーは最初はプレーンを頼んだが、思いのほか美味しいので追加でマンゴーを頼んだら、こちらは最初の感激ほどではなかった。
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モモは餃子とか小籠包に近い食べ物だ。具材も色々あり、調理法も蒸したり焼いたり様々。ダルバートはあまり連続で食べるとすぐ飽きるが、こちらは続けて食べても美味しさが持続しそうだ。
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…考えてみれば、今日はこの1食しか食べてない…
23:59 | Comment(0) | 旅行

2010年10月25日

ネパール旅行3日目:ルンビニ早回り

航空券は7時過ぎに持って来るという話だったが、明るくなっているのにぼけっとしているのは勿体無い。
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取り敢えず昨夜の機内食で軽い朝食にして、6時過ぎから周囲を散歩。
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昨日は真っ暗でさっぱり様子が分からなかった街の様子が分かる。これがカトマンズか…。
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明るくなっただけで安心感が出るというもの。うむ、これなら何とか生きていけそうだ。

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…歪んでない?

ホテルに戻るがまだ航空券が来る気配はない。ロビーで座っているとチヤ(お茶)をサービスしてくれた。20ドルも払ったお陰でサービスが良いようだ。ミルクティーに近いがかなり甘いので甘党にとっては非常に美味しい。その一方ミルクティーの状態で火にかけたものを直接グラスに注ぐため、非常に熱く猫舌には辛い。
7時40分くらいに旅行代理店の係員らしき人が航空券を持って来た。

バイラワ行 12:50発

うーむ、朝の便で行けるという話だったのに、話が違うな…。しかしそれでも朝一のバスで行くよりは向こうに早く着く筈だし、3時間か4時間あれば何とか観光は出来るだろうから、まあいいか。

飛行機が昼だとこれから半日暇だが、カトマンズ観光は後日する予定なので、今日は観光地を目的とせずに街をぶらぶらすることにする。

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タメルを含む中心部は狭い道に多くの人が歩いているが、そこに車やバイクがクラクションを鳴らしながら容赦なく突っ込んでくる。大通りは大通りで車が互いにビービー鳴らして相手を牽制しながら走っているので、兎に角どこへ行ってもやかましい。これが途上国というものか…。

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中心部はそこここに寺院がある。

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祀られた像が悉く真っ赤になっている。プジャという生贄の山羊や鶏の首を刎ねた血を塗り付ける儀式を行うのが毎日の慣わしで、そのためのようだ。尤も実際には毎日街のあちこちの神様のために生贄を用意するのは大変なので、赤い色をした代替品を塗り付けているようだ。

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テンプー。オート3輪の乗合タクシーと言うべきものか。
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このように真後ろから乗り降りします。
この乗り物には後日お世話になることになる。

ネパールは公衆トイレが皆無に近いと聞いていて戦々恐々としていた(そのため朝ホテルで用を済ますことは非常に重要)が、こんなものがあった。
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MOBILEってwww
やはり有料らしい。幾らかは分からないが。

大きな交差点には一応信号機があるが、殆どは一方が赤点滅、もう一方が黄色点滅でまず機能していない。警官が立って交通整理しているが誰も守らない。だから交差点では交差交通に一瞬の隙が出来るまで延々待たされることになり、渋滞に拍車をかけている。
これは道路を渡らねばならない歩行者にとっても受難だ。尤もこのような状態だから車もあまりスピードを出せない点は危険性が低い。果敢に車道に足を踏み出し、やってくる車を睨み付け、必要に応じて手で制止する。これでいつでもどこでも道を渡ることが出来る。最初のうちはおっかなびっくりだったが、しまいにはネパリに率先して道を切り開くようになってしまった。

そんな街を南へ南へ歩くと…
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ありましたありました。一種の廃線跡。

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こうなってると痛々しい。

そして、これに沿ってこちらの方角だった筈と歩き続けると…


発見!
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カトマンズのトロリーバスは1978年開業。昔からあるわけでも近年開業したわけでもなく、微妙な時期の開業だ。中国の技術らしいが、維持管理が出来なかったのか段々運行が縮小され、去年完全に廃止されたらしい。
走っている姿が見られないのは残念だが、こんな国でこのような大規模な設備が高々1年で消滅する筈は無いと思い、トロリーバス車庫を訪問することを今回の旅行の裏目的の1つにしていたのだ。こんな旅行、たとえ鉄研関係者でも賛同を得られないだろうwww

軍事基地かと思うような警戒態勢だが、写真取り捲っても接近しても何も言われない。
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出来ることなら「写真撮りたいんで中に入れてくれ」と言いたいところだったが、そこまでの甲斐性は無いのだった…。
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表から見えた2台のバスにはそれぞれ「WE ARE THE FUTURE」「KEEP ME ALIVE」と書かれていて痛々しい。


目的を達し、更に歩く。
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真北に歩いていた筈がいつの間にか真東に向いていて、地図と道路形状が合わなくてパニックになりかけるが、何とか空港に近付く。

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こんなのが悠然と街中にいるのがネパール。
野良犬も多いので、去年の経験がトラウマになってると怖いんですがね…。気にしてたら歩けない。

空港の目の前まで来たところで、早朝の軽食だけでは足りないのでダルバートに挑戦してみようと思い、目に付いた場末の食堂に入店。
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「ダルバートタルカリ チャ?(ダルバートタルカリはありますか?)」
あるという雰囲気だったので、「エウタ ディヌス(1つ下さい)」


さて、出て来たが…
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食器が無い…。
えーと、食器、というよりスプーンって何て言うんだっけ…分からないならさっさと英語にしろよ自分…と思いながら手振りで何とか意思を伝えようとすると、部屋の外を案内された。そこは洗面台。あ゛ー、手で食べるんだから手を洗いましょうってことね。そりゃそうだorz

よ、よーし、これが正式な食べ方なんだから、頑張って食べてやろうじゃないの…。

うう、難しい…。

特にダルをかけたご飯は全く掴むことが出来ず難渋した。これがメインだというのに…。

お替り自由らしく、少なくなってくると追加を勧めてくれる。沢山食べられるのは嬉しい反面、この困難な作業を続けないといけないのは辛い…。

最終的に店員が見かねてフォークとスプーンを持って来てくれた。

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空港入口には検問所があって、「国内線ターミナルに行く(勿論国際線でも同じ)」と言わないと通してくれない。逆に言うとそれだけで通れるなら何のための検問か、とも思うが…。

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こっちは昨日出て来た国際線ターミナル。

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国内線ターミナルは、自分の今までの常識を覆すしょぼさ。
ビルに入るところで航空券を提示させられ、入口がいきなりセキュリティチェック。金属探知機は感度最高にしてるのかそもそも人が通れば鳴るようにしてるのか、全員漏れなくボディチェックを受けさせられる。

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そして中に並ぶは、臨時窓口としか思えないしょぼさのチェックインカウンター。


航空券と別に空港使用料169.5ルピーを中にある銀行窓口で払わないといけない。しかし0.5なんて単位の通貨は流通してないに等しいので、結局170ルピー取られる。0.5ルピーは職員のへそくりになるのだろうか。

空港には出発の1時間前までに来いと言われているが、実際にはチェックイン業務が始まる時刻がそれであり、1時間前より早く来ても無意味。しかしそれより遅く来るのはどの程度まで許されるのか分からないのだが…。

チェックインが済むと出発ロビーに進むが、ここでまたセキュリティチェック。しかしこちらには機械が無く荷物の開封検査である。鬱陶しい。しかしながらリュックの全てのポケットを開けるわけではなく、ザルのようだ。
ここは男女別になっている。ボディチェックを同性の係員が行うようにとの配慮かと思うが、その割には入口のチェックは性別分けてなかったよな…。

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出発ロビーには無料の飲料水とFree Local Callと書かれた電話がある。後日試したのだがこのLocalに携帯電話は含まれないらしい。

出発案内表示もあるが、普通の空港のように画面に入り切らない遅い便を表示するために次の画面にパッと切り替わるのではなく、1行ずつ繰り上がって行く。このため、普通の空港なら表示されている画面が明らかに遅い便ばかりなので早い便が表示される画面ではないということが分かるのだが、ここでは例えば15分先からの便だけ表示されるという画面になってしまい、自分の便は出てしまったのかと焦ることがある。
尚、出発案内表示はただ機械的に出しているだけで、「搭乗手続き中」などという気の利いた表示は無い。搭乗手続きは係員の呼び出しを待つしかない。

搭乗口もまた男女別に分かれている。意味が分からない。

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搭乗口と言っても国際線にすら存在しないボーディングブリッジがこちらにあるわけはなく、出るとランプバスがずらっと並んでいてその中から指示された1台に乗り込み、少し離れた駐機場へ移動してタラップで搭乗。
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尚、ランプバスは預入手荷物の運搬も兼ねており、後ろに台車を連結している場合が殆ど。

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飛行機は片側1列の座席で立つことも出来ないほどの小型機だが、客室乗務員が飴玉、耳栓用の綿、ピーナッツ袋、スプライト、水と配って歩いていた。日本の国内線よりサービスがいいかも知れん。

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こんな異形のシートベルトバックル、使いにくくてしょうがない…

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自由席なので右側の席を確保したが、期待通りヒマラヤの雪山がよく見える。まさかこれだけで100ドルの価値は無いが、時間短縮に加えての飛行機ならではの醍醐味だ。

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バイラワ市街。

バイラワ到着。
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カトマンズでさえあれだったので、ここは相当にしょぼい。
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ここからルンビニに行きたいのだがどうするか。近くの道路まで行けばバスがあるらしいがよく分からないし、いつまで待たされるかも分からない。観光時間は限られているし、しょうがないからタクシーにする。
「ルンビニ サンマ カティ ホ?(ルンビニまで幾らですか)」
「&●※×」
…折角現地語で問いかけても、返答が聞き取れなくて終了というありがちなパターンorz 英語で言い直して貰うと800ルピーだと。ちょっと高いと思うが固定価格だというし(本当か?)、時間を買うことにしたから値切り交渉に時間と労力を費やしている場合ではないと思い諦めた。
車に乗るとすぐに表通りに出る。ここで運転手がその辺に立ってた兄ちゃんに「ルンビニ!」と叫ぶとその兄ちゃんが乗り込んできた。こういうところが途上国のタクシーのよく分からないところだ。

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ルンビニまでの道は完全未舗装と言っても過言ではないような道で、ほぼ完全にダート。
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乾季なので路面は乾き切っており砂埃が凄い。道端の木々の葉まで真っ白になる有様だ。そんな状況で暑いからと窓を開けていたので、自分の頭も粉っぽくなってしまった。

ルンビニに着いたらすぐに観光を始めたいところだが、その前に観光後の計画を立てておかねばならない。明日は朝一のバスでポカラに行きたいが、ルンビニから出るバスがあれば今日はここに泊まることにしてゆっくり観光が出来る。もしなければバイラワから乗らねばならないので、今日の終バスでバイラワに行って泊まらなければいけない。
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旅行代理店を探し「ポカラに行きたい」と言うと「いつ?昼?夜?」などと細かいことを問い返してくる割に、「ここからポカラへ行くバスは存在しない。バイラワから乗れ」というのが最終回答だった。バイラワ行きのバスは17時が最終らしいので、それまでの約3時間が観光だ。

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ルンビニはブッダ生誕の地で、その地を中心に据えた寺院の跡が遺跡となっており、更に周囲には各国様式の仏教寺院が建ち並んでいる。
ここは南北約3km、東西約1kmの長方形の区画に寺院が点在しているので、一般的にはリクシャー(自転車タクシー)をチャーターして回ることになっている。しかしタクシーは嫌いだし、あちこち訪問先で待ってて貰うのも交渉が面倒臭そうだし、全体での移動距離はかなりのものでも区間毎ではそれほどでもないから乗り物を使っても大して効率は良くならないのではないかと考え、結局歩くことにした。

まずはインド寺院。内部撮影禁止だったので遠巻きに。
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ブッダ生誕の地は有料。
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その昔の伽藍の基礎が広がっており、基礎だけでは何の建物なのか分からないので説明板が付いている。でも説明板の写真をきちんと撮らなかったので、今となっては何がなんだか(汗

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菩提樹

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中央には生誕の地の遺跡を保護するための建物があり、靴を脱いで入る。
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建物中央が「The exact birth place of Buddha」と書いてあり、写真撮影の行列。
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外には土産物屋が並んでおり、こちらの顔を見るとニイハオと声を掛けて来る。まぁ、ここでは東アジア人の中では中国人の存在確率が一番高いだろうから、仕方ないか…。
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土産物店からの声なら無視するだけなのだが、しまいにはその辺の子供がニイハオと連呼しながらずっとくっついて来る。あまりに鬱陶しいので、
「我不是中国人!」
と怒鳴ってやったら、キョトンとして立ち止まってしまった。ザマミロ(←性格最悪)

各国寺院が建ち並ぶ地区はブッダ生誕の地の北に広がっているが、ブッダ生誕の地を通る南北軸に細長い池があり、寺院はその両側である。ところがこの池には橋が無く、一方の側の寺院を一通り見たら池の端まで戻って反対側に行かねばならない。これはなかなか大変だ。
それにそろそろ終バスの時刻が気になってきた。早足で見て回ろう。

基点は平和の火。ここから北に横断不能な細長い池が続いています。
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まずは東側から。
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"International Goutami Nun's Temple"らしいが…どういう意味でしょう(汗
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仏像の雰囲気がやはり日本と全然違う。
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これは確かミャンマー寺…
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整備途上でどんどん寺が増えている上に、そもそも「歩き方」の地図と一致するかどうかもよく分からないので、自信がありませんorz

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ここは絶賛工事中だったのでパス。
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これは推定インド大菩提寺。
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タイ寺。
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建物全景が映るような角度だと物凄い逆光で、こんな写真しか撮れず。

これで「歩き方」にある池の東側の寺は終了なので、走って池の南端まで戻り、西側へ移動。

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ネパール大乗寺…多分。

所々窓があって中を覗けるけど、窓の上の非常に低い位置に庇が突き出ていて、窓への接近は一苦労。
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韓国寺。巨大だが完全コンクリート打ちっ放しで殺風景。
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韓国の現代寺院建築ってこういうものなのか?


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中国寺。
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中国には行ったことはないが、台湾の寺院に似ている。


この辺りまで来ると「歩き方」の地図とは様相が違い、何がなんだか分からなくなってしまった。

「歩き方」によると、地区の北端に1つだけかなり離れて日本寺(日本山妙法寺)があり、それと別にこの西側地区にも日本寺(総教日本寺)がある。前者は遠過ぎるので見に行くのは初めから諦めており、後者だけ見ようと思ったのだが、それらしきものが見当たらず、代わりに地図に出ていない寺が幾つかある。

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また絶賛工事中の寺院。

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この寺は土足厳禁なのはいいとして、リュックまで置いて行けというのでかなり不安だった(しかも最初は持ち込みを認めながら、突然心変わりしたかのようにやはり置いて行けと)。出来るだけリュックを置いた警備室から目を離さないように境内を回ったが、本道の裏に行ってしまっては流石に見えず…。中身盗まれてないだろうな…。
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でも、境内はなかなか凝った像があり、面白い。
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このようにブッダが弟子に教えを説く場面なども再現されていたり。


目に付き且つ立ち入れる寺は全部見たつもり。
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地区北端、「歩き方」では「誕生仏」とある箇所にあるモニュメント


後は、バイラワ行きのバスを捕まえられるかだ。

地区北端の道路に出ると、西から東(バイラワ方向)へ向かってバスが走って行った。バイラワ・ルンビニ間のバスは地区南端を起終点として、地区東側の道路を通ってから東に折れる経路の筈だから、このバスは違う筈だ。と考えて気にせず「歩き方」にバス停と書いてある地区北東端の交差点を目指して歩く。
しかし、よく考えてみればバイラワまで連れて行ってくれるのならバスは何だっていいのだ。それにこの向きに走っているということはどこ発か知らないがバイラワに行く可能性が高い。更にこのバスが暫くバス停(標識は無いのでそれらしい場所でしかないが)で停車しているので、気が変わって走ったら追いついてしまった。

車掌を捕まえて
「ヨ バス バイラワ ジャヌフンチャ?(このバスはバイラワに行きますか?)」
結局ネパール語を喋った意味が無く「バイラワ」の語が伝わっただけの気がするが、乗れとジェスチャーされたので乗る。ネパールでのバス初乗車だ。
ステップに足を掛けると車内は混んでおり、そこで立ち止まらざるを得なかった。車掌は更にその外側からしがみついているのだから凄い。運賃を払おうと「カティ ホ?(いくら?)」と聞くと「まず中に入れ」という雰囲気なので無理矢理中に入る。
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すると混んでるように見えたのが実際は入口部分の通路に人が立ち塞がっていただけで、後方の通路は空いていた。しかも程なく着席客が下車したので、座ることが出来た。
因みに運賃は「歩き方」に載っていた通り35ルピー。

40分ほどでバイラワ北端のバスの溜り場に到着。
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近くの交差点にはブッダ像(「仏像」と言うとなんか雰囲気が違うような…)がある。
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このバスはここが終点だが、明日乗りたい長距離バスは1kmほど南のバスパークから出る。ポカラ行きのバスの様子を知るため、そして場合によっては予約をするため、バスパークへ向かって歩く。

18時近くで段々暗くなり、しかも思ったより遠いので段々不安になってくるが、やがて到着。
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窓口に行ってみると停電中のようで蝋燭の明かりで頑張っている。
窓口の周りには時刻表のようなものが掲げられているが、地名と思しき文字列はおろか数字までネパール文字なのでさっぱり解読出来ない。字の勉強は端から投げ出していたのだが、少しは勉強すれば良かった…。

窓口で「ボリ ポカラ ジャヌ チャハンチュ(明日ポカラに行きたい)」と言うと「表に回れ」と言われて建物外側の窓口へ。

ネパール語で言えるのはこの程度の単純なことが限界で、後は英語でのやり取りだ。
バスは4:20から20分間隔で出る。マウンテンルートと遠回りの平地ルートがあり、前者は310ルピー、後者は370ルピー。所要時間はどちらも8時間。予約不要(と言うより受け付けていない?)。というのが得られた情報。

兎に角明日早朝に来ればポカラ行きのバスに乗れそうなことが分かったので、次はホテルだ。

見ると、バスパーク向かいにぼろいホテルが。これは便利だ。

「コタ カリ チャ?(部屋空いてますか?)」

頷かれる。

「コタ デカウノス(部屋を見せて下さい)」

外見同様ぼろいが、洋式トイレとシャワーがあればまぁ文句は無い。
しかし部屋代が600ルピーと言うので、安くならないかと「サスト ガルヌス(安くして下さい)」と言うと、値下げ交渉に応じるのではなく別の部屋に案内された。

そちらの部屋はトイレがしゃがみ式で500ルピー。

「トイレが洋式でないのが100ルピー分か?(勿論英語)」と聞くと、「洋式がいいのか」と言われて隣の部屋へ。
この部屋には先の2つの部屋にあったテレビが無いが、特にテレビを見たいとも思わないので構わない。ところが「ここにする」と言うと隣の部屋からテレビを持って来てくれた。結局最初の部屋と何が違うのか分からない。
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さて、宿も確保出来たので、後は食事とネットだ。

明日はポカラに住んでいる中学の同級生Sさんに会う予定なのだが、「着いたら電話して」と言う割に肝心の電話番号を教えてくれないという酷い人だ。旅行出発前に何度か催促しても未だに返答が無いので、今夜ネット屋でメッセージを送り、向こうがすぐ反応してくれないと万事休すだ。

しかし、ネット屋が幾ら探しても見当たらない。ネット屋が見付からなければ向こうの反応以前に万事休すとなってしまう。最終的に電話屋なら親戚みたいなものだろうと思って「ネット使えるか?」と聞くと、店のおじさんが自分で遊んでいたパソコンを貸してくれた。
とは言ってもネット屋で悠長に返答を待つことは出来ないので、ホテルに電話してくれとメッセージを送る。

さて、後は食事だ。
ルンビニは観光地だがこちらは観光都市ではないし、ネット屋も無いほどの小都市なので、元々大した食堂は見当たらない。
うろついていると「MOMO」という看板が目に入ったので、ダルバートは食べたから次はモモを食べてみたいと入店。
「モモ カヌ チャハンチュ(モモが食べたい)」
「No momo.」
…ぉぃぉぃ、看板出しといてそりゃ無いだろorz
「アル ケ チャ?(他に何がある?)」
これが通じなかった。そもそも「無い」と言われたところへ「他に」と聞いたのがいけなかったんだろうか。結局英語で言い直し。
「We have hot rice and ●&※」
ネパール料理が不勉強なもので、andの後が理解出来ない。
しかし、ただのご飯を持って来られても全然面白くないので、その●&※とやらを試してみることにした。

ところが、
「I'll make hot rice for you.」
…おい、人の話聞けよ!!

わざわざ外国まで来て白米なんて詰まらないもの食べるのか…と思って待っていると、出てきたのはダルバートだった。
ライスならバートでしかないだろ。酷い訳し方だ。
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まぁ、まともなものが食べられたので良しとする。朝カトマンズで食べたものより美味しかった。

ホテルに戻って電話を待つが架かって来なかった。
電話はせずにネットで返信している可能性もあるので、勝負は明日ポカラに着いてからだな。
23:59 | Comment(0) | 旅行

2010年10月24日

ネパール旅行2日目:香港乗り鉄

1日間の香港滞在のミッションは、香港の鉄道完乗である。
香港の鉄道網がよく分からない方のための参考資料:路線図[PDF]

とは言ってもこの1日で本当に全てを乗るのは流石に厳しいので、前回訪問時と合わせて評価することにし、更に以下の路線は今回は除外した。
・東鐵落馬洲支線:一日乗車券の範囲外である上に落馬洲駅に降り立つと原則として一旦中国本土に入国せねばならないらしいので鬱陶しい。増してやこのご時勢中国本土なんて危険なところに足を踏み入れたくは無い
・馬場駅:本日は競馬開催日ではないため運行しておらず、そもそも無理
・昂坪360(ロープウェイ):一日乗車券の範囲外である上に運賃が相当高く、折角乗るなら観光もしないと勿体無いがそこまでの時間は無い。鉄道としても亜種に属するから後回し
・機場−博覧館間:一日乗車券の範囲外なので今日乗る必要は無い。空港隣接なので帰国時に乗る予定。
他にも厳密には、広州行きの国際列車に乗らない限り羅湖から国境までの間を乗ってないことになって、「完乗」は達成したと言えないのではないかという話もあるが…。
尚、昨日の記事に書いた通り実際に手にしたのは三日乗車券であるわけだが、フリー乗車の効力範囲は同一だ。

6時過ぎ、空が明るくなってきたのを確認して出発することに。部屋の扉を開けると管理人一同が床に布団を敷いて寝ていた。なるほど、自分達の居場所すら惜しんで貸し部屋にするのが安宿のスタイルなのね…。このうちの一人を叩き起こして入口を開けさせて出発。

尖沙咀から中環まで地下鉄で移動し、一日乗車券の範囲外(そもそも事業者が違う)なので別途払いになるが、「電車」(トラム)に乗る。上環から堅尼地城までが未乗区間なので、まずは堅尼地城行を待って乗車。
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二階の一番前が当然のことながら特等席だが、電車もバスも香港では二階建てが当たり前で展望席の希少価値が無く、わざわざ一番前に座ろうとする人は殆どいないので途中から乗っても簡単に一番前に座れるのが香港のいいところ。
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香港電車は基本的にセンターリザベーションだが、石塘咀を過ぎると道路が狭くなり、一方通行路を西行(堅尼地城方面)が逆走する部分もある。また、この辺りでは安全地帯のスペースが確保出来ず、車の往来に冷や冷やしながら乗降せねばならない停留所も多い。旧来の路面電車らしい姿が見られる部分とも言える。

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終点堅尼地城は街区1ブロックを周回するループ線となっているが、ループ線の入口の交差点で降ろされ、ループ部分を乗車することは出来ない。

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電車を降りてループ線に沿って散歩。香港トラムと海がセットで見える場所は意外に無いものだ。
上環以東では地下鉄港島線が完全に電車と並行しているが、以西への延伸工事も酣で、駅の築造工事が進んでいた。尤も、そもそも港島線が最初に出来た時点で電車の存続の意義が問われる事態になったにも拘らず生き残ってきたのだから、地下鉄がここまで伸びても特に変わらず安泰であろう。

電車にはこの後北角(North Ponit)まで乗りたいのだが、ここからではム鵠n地(Happy Valley)か銅鑼灣(Causeway Bay)行きしか出ておらず、北角まで乗れない。そこで、車庫の見物も兼ねて石塘咀まで歩いた。

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屈地街電車廠へは石塘咀の本線からUターンするような形で目と鼻の先に出入庫線が並行して上環方向に数百m走り、その先が車庫だ。
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しかし実際は車庫の直前に降車停留所があり、乗り潰しに完璧を期すのであれば入庫列車を待ってここまで乗らなければならない。しかし入庫列車はなかなか来そうにないし、見掛け上はどう見ても石塘咀の構内なので、あまり拘らないことにした。

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車庫は高い塀に囲われていてあまり中を覗き見ることは出来ないが、裏側の塀の高さは手を伸ばせばクリア出来る程度なので、カメラを持ち上げて中を撮影。

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尚、裏側からは上環方向にショートカット出庫する線路も設けられているが、この方向からの入庫は不可。

車庫を一周して石塘咀に戻り、丁度停車していた北角行きに乗車。北角のループ線を乗り潰すためだ。ここの入庫線を割愛するくらいなら北角のループ線も同様に省略対象になりそうだが、こちらは露店の隙間をぶった切るように走る名所なので、乗っておきたかったのだ。
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電車を降りてから朝食にしようとループ線の沿道を歩いて食べ物屋を探すが、ここはあくまで市場なので食料品は売っていても食べるところはなかなか見当たらない。やっと端の方に食堂を見つけて入店。
香港は英語も公用語の筈だが、一歩路地裏に入ると驚くほど通用しない。この店もそんな雰囲気だが、しかし広東語は分からない。メニューはあるので指差しで何とかなるが、一言二言何か言うのをどうするか。一応公用語の英語がいいのか、一応仲間の言語の筈の北京語がいいのか…と逡巡し、結局何を言ってるのか自分でもよく分からなくなってしまった。
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今日の朝食。

食後、地下鉄北角駅からに將軍澳線に乗る。本線自体は前回訪問時に乗り潰してあるが、その後開業した康城(LOHAS Park)への支線に乗っておかねばならないからだ。
やはり支線なので冷遇されており、分岐駅である將軍澳(Tseung Kwan O)での乗換えが必要で、本数も本線2本に対し1本しかない(正確には1駅手前の觀塘線乗換駅である調景嶺(Tiu Keng Leng)発着なので、そちらで乗り換えることも可能)。
1駅だけの支線に乗ると、終点近くで地上に出るもののコンクリート構造物に覆われていて実際には外界が殆ど見えないまま駅に到着。この構造は本線の終点である寶琳(Po Lim)にそっくりだ。尤も寶琳は1面1線の片ホーム式で外界とホームが同一レベルで繋がっているのに対し、こちらは島式ホームなので一旦上層のコンコースに上がらなければならない。

駅名にもなったLOHAS Parkという思わせ振りな名前の施設は一体何なのか気になるので、駅の外に出てみる。

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線路終端側に1番出口、反対側に2・3番出口なので、1番の方がメインだろうと思って出てみると、バスターミナル以外何もない殺風景な場所で、バスも路線バスではなく近隣住民の専用送迎バスだけだった。

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そこで反対側に行くと、高層マンション群が見えた。どうやらこれのことらしい。広東語では正式には「日出康城」と言うようだが、英語にすると「日出」の部分が無視されてやはりLOHAS Park。

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ところが連絡通路が建設途上で、現状ではマンション群の一番駅から遠い場所からしか入れない。それでもその先が商店街と書いてあるからめげずに進み、結局駅から1kmくらい歩いただろうか、やっと商店街(には程遠い、数店舗のみだったが)に辿り着くと、僅かな距離の工事中の部分を挟んで駅入口が見える。なんという酷い構造だろうか…orz
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確かに毎日これだけ歩いてれば健康にはなりそうだが、ロハスとは違うんじゃないの?
先ほどの送迎バスは、この酷い徒歩連絡を解消するために走っていたのだった。排ガス撒き散らしちゃいよいよロハスとは程遠い。

次は觀塘線に乗るため、電車を「終点」まで乗って乗り換える。そして九龍塘(Kowloon Tong)で東鐵線(East Rail)に乗り換え。この乗り換えは前回訪問時もやったことがあり、その頃は両線は別会社だったので中間改札があったのだが、今来てみるとそれが一体どこにあったのかよく分からなくなっていた。
東鐵線を1駅だけ乗って大圍(Tai Wai)で次の乗り潰し対象である馬鞍山線に乗り換える。…この「圍」って字(「囲」の旧字体)、ついつい「園」と見間違えるんだよな(汗。日本の感覚としてはそちらの方が地名として自然だし。
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馬鞍山線は不思議な路線で、1つには新しい路線であるにも拘らずホームドアが設置されていない、そして何より右側通行であるという特異さだ。
大圍駅は東鐵線と馬鞍山線の相対式ホームが並列しているため、東鐵線の都心方向と馬鞍山線の左側通行であるならば烏溪沙(Wu Kai Sha)方向である筈のホームが同一平面となっている。ところがこれだと主要流動である烏溪沙→都心、都心→烏溪沙のどちら方向でも同一ホーム乗換えが出来ない。これを解消するためにわざわざ右側通行にしたのだろうか。

旧九廣鐵路の電車は車内にLCDがあり、ここでニュースを音声付きで流していてやかましい。このため音声を出さない「サイレンスカー」が編成に1両用意されている。
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また、このニュース画面の下端に、番組の字幕と見紛うような体裁で「次は○○」と表示されるので分かり辛い。
終点烏溪沙は、駅直結で会員制の高級ショッピングセンターのようなものがある他は商業施設は見当たらず、余所者にとっては実に殺風景なところだった。路線バスの来るバスターミナルはあったが。
大圍に戻り、西鐵線に乗るため東鐵で紅痊(Hung Hom)に移動。

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紅痊は昔からの東鐵のターミナルだが、後から反対側から延びてきた西鐵のためにホーム割付を変更し、島式2面4線の外側線路を東鐵、内側線路を西鐵とし、それぞれ到着したホームでそのまま折り返すことにより、(必ずしも先発列車に乗れるとは限らないのだろうが)同一ホームで両線を乗り継ぐことが出来るようになっている。尚、在来ホームを活用している関係からか、西鐵の駅としては唯一ホームドアが無い。
西鐵は新界の北西、元朗・屯門地区と都心を結ぶために造られた路線で、これにより香港の鉄道網としては他と孤立していたこの地区の輕鐵(ライトレール)が鉄道「網」に組み込まれた。一日乗車券はこの輕鐵にも有効なのでこちらの乗り潰しも行う。

西鐵の終点屯門はてっきり輕鐵の屯門碼頭だと思っていたのだが実際は違い、そんな勘違いをしていたので現地で輕鐵の路線図を解読するのに少々時間が掛かってしまった(輕鐵路線図の配布が無く、現地に来るまで路線図を目にすることが出来なかった)。
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輕鐵の路線網は複雑怪奇で、前回訪問時に乗ってある箇所を思い出し、出来る限り効率的に乗るよう心がける。午前中のんびりし過ぎたため、そろそろ時間が押しており冷や冷やしながらの乗り鉄となってしまった。

まず来た電車に乗るとこれが三聖行き。
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終点三聖で降車専用ホームに降りるが、まだ乗ってる客がいる。見ているとそのままループ線を走って乗車ホームまで乗り続けることが出来たのだった。うわ、これは失敗した…。しかし次の電車を待つのは時間が掛かるし、ここは妥協しよう…。
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市中心に戻り、一旦屯門碼頭まで乗り潰す。
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その先は乗ってあるので折り返し。

また市中心に戻り、別の盲腸ループ線(言葉の使い方がおかしいが…)である友愛行きに乗る。
輕鐵は一乗車毎に運賃を払わねばならず(「乗り継ぎ」が認められず運賃計算は都度打ち切り)、循環線も循環部を乗り通してはいけないらしい。こちらは乗り放題切符だからどう乗っても不正にはならないとは思うのだが、検札が来た時に本来あるべき乗降記録とずれていたら文句を言われるかも知れない。そのため、ループ上にある友愛駅の一瞬の停車時間にさっと降りて降車用、乗車用のカードリーダーに慌ててタッチしてまた乗り込むというアホなことをした。

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輕鐵は他の鉄道線と違い乗務員室と客室の間の仕切りに窓があるものの、ほぼ確実に遮光幕を閉めている(極稀に右端の小窓の遮光幕は開けている場合がある)ので結局前を見ることは出来ない。それならば後ろを眺めている方が良い。

その後も市中心と兆康を何度か通ってあちこち乗り潰し、最後に天水圍(Tin Shui Wai)へ。
天水圍地区は循環線と、循環線の中央を短絡する東京の中央線状態の路線がある。地区への出入路線の接続駅且つ乗り潰し終了後に脱出すべき西鐵接続駅である天水圍駅は山手線に例えるなら品川の位置なので、乗り潰しの効率は悪い。

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途中に「銀座」という駅がある。広東語でこそ広東語読み(輕鐵は北京語の案内放送は無かった)だったが、英語では本当に「Ginza」。隣接して天水圍地域最大のショッピングセンターがあり、その名称が嘉湖銀座商場なのだ。
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このショッピングセンターは駐車場が日比谷、劇場が有楽町と名付けられており、とことん東京に拘っている。時間があればショッピングセンターも見てみたかったのだが…。

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天恒と濕地公園の間には、分岐して北の方へ行く路線の用地が見て取れた。取り敢えず確保してあるのか、建設計画が実際に進んでいるのかは分からないが。

多少の妥協を含み何とか輕鐵の乗り潰しが終了したので、天水圍から西鐵に飛び乗り、南昌で東涌線に乗り換え、今日最後のターゲットの迪士尼(Disney)線に乗るべく欣澳(Sunny Bay)へ。
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迪士尼線はその名の通り香港ディズニーランドへのアクセス路線で、終点も「迪士尼(Disney)」駅だ。
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車両も吊革にミッキーマウスのシルエットを象っていたり、車内にキャラクターの像があったりととことんディズニーワールドだ。日本で言えば舞浜リゾートラインに近い存在なのだろうが、日本と決定的に違うのは地下鉄路線網の一員であるということ。
この路線は自動運転で乗務員がおらず、そのためもあってか乗務員室仕切りがほぼ全面ガラス張りで前がよく見える。単線だが中間に有効長がかなり長い信号場(複線区間扱い?)があり、2列車運用の場合も行き違いで停車せずに済むようにしている模様。乗ったときは1列車運用だったのでここで1編成遊んでいたが、何故かヘッドライトが付けっ放しだった。


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迪士尼駅では一旦降りてみたかったものの、降りると次は15分後なのでタイムロスが大きく、そのまま折り返し乗車。
車内案内放送で「We bring you back to modern Hong Kong」みたいなことを言っていて、流石の演出と思った。

欣澳から青衣に戻り、有難く機場快線に乗せて頂き空港へ。
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目標ぎりぎりの飛行機出発1時間前に空港に着くことが出来た。

さて、フライト案内を見ると、正にこれから乗ろうとしているカトマンズ行きが「取消」と出ているではないか。
えっ?こんなところでいきなり旅程が狂うなんて…どうしよう…
と思ったら、すぐ下に全く同じ便名で時刻も行先も同じ便が書いてある。
事情がよく分からないが搭乗手続きに行けば何か言われるんだろうと思って行ってみたが、何も言及されず手続きが済んでしまった。だとすると、あの「取消」は一体…
結局分からないままで、出発案内の内容もじっくり見たとは言えないので自信が無いのだが、推測するに、この便は本来ダッカ経由カトマンズ行きであるところ、今日は利用が増えそうなのでダッカ便を別に出してカトマンズ行きは直行扱いにしてみたが、結局1機で済むことになったので元に戻した、ということだろうか?

香港ドラゴン航空は所詮はキャセイの子会社だから機材もしょぼいだろう…と思ったらピカピカの新型機だった。
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セーフティインストラクションが英語と中国語で流れるが、中国語が何故か広東語ではなく北京語だった。
更に機内放送ではバングラデシュ語と思われる言語(消去法で判断)とネパール語もおまけで放送された。
1ヶ月の生兵法の成果は如何に…
「タパイコ(あなたの)」「サンマ(〜まで)」「ダンニェバード(ありがとうございます)」しか聞き取れなかった。これは前途不安だ_| ̄|○

出発すると、隣の席の白人のお姉様が巨大なラップトップを取り出し、これで映画の鑑賞を始めた。それは別にいいのだが、機内食が来ても置く場所が無いので「要らない」と…。食事より映画の方が大事とは…。
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ダッカでは1時間ほど駐機するが機内待機。しかもトイレ使用禁止。これからトイレの不充分な国に行くというのに、これは不安だ…。

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ダッカからカトマンズへは1時間ほどで着いてしまう距離だが、律儀にこの区間でも機内食が出た。トルティーヤのようなものでサラダと肉を挟んだ簡素なものだが。それでもついさっき夕食を食べたので、今後の軽食用に取っておくことにした。幸い密封された袋に入っているので持ち運びには便利だ。

ついにカトマンズ・トリブヴァン国際空港到着。
ボーディングブリッジなんて洒落たものなど存在しない。
もたもたしているとビザ待ち行列が長くなって恐ろしく待たされると聞いていたので、出来るだけ早足でカウンターへ向かう。
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夜とは言え以降殆ど写真を撮っておらず、撮っていても悉くぶれている。如何に焦っていたかが分かる(汗

ネパールの観光ビザ(15日間)は在日大使館でも勿論取れるが、現地到着時にこのように取得することも出来る。その上前者では3000円の手数料だが、こちらでは25米ドル。手間が掛からない上に安いとあれば大使館にわざわざ出向く理由は無い。
ところが実際に来てみるとビザ代の適用通貨が米ドル以外にも色々書いてあって、日本円も含まれていた。それなら安くなる方で払おうと思って「日本円では幾らか」と聞いてみたのだが、よく分からないことをごちゃごちゃ言われたので面倒臭くなって結局米ドルで支払い。
入国手続きを済ませ、税関を通過して、まずは両替。米ドル(日本円からの両替レート含む)と日本円とどちらがレートがいいかと計算したが、後者だったので5000円を両替。ネパールルピーは再両替の限度額が両替額の15%と決まっており、その両替額を証明するために両替証が必要だ。そこで「エクスチェンジ・ビル・ディヌス」(両替証下さい)と言ってみたのだが、10000円以上でないと駄目みたいなことを言われた(勿論英語)ので諦める。

時刻は22時半。ネットで国内交通の情報を調べることが全く出来ず、地球の歩き方情報だけが頼りだ。もし可能なら今夜のナイトバス(夜行バス)に乗ってバイラワまで行きたいのだが、いつ出るのか分からない。今夜乗れなくても明日の朝一番に乗りたいので、いずれにしろバスが出るナヤ・バスパークに行って情報収集し、そこから安宿の集まるタメルまでは1km程度なので歩き、宿を探そうと考えた。
タクシーなんか乗りたくないのだがバスはそもそも空港まで来てないし、空港の外に出たところでこの時間では走っているかどうかも分からない。しょうがないのでカウンターに行ってチケットを購入。チケット制だからぼられる心配はないと思ったのだが、チケットの金額は係員の手書きなので結局信用ならないのだった…。ナヤ・バスパークまで650ルピー(1ルピー≒1.2円)と言われたが、やっぱりこれ、深夜であることを勘案してもぼられたんだろうか…。
案内人についていくと軽ワンボックスみたいな車に乗せられる。おいwwwこれタクシーですらないだろwwwwwと思うが、まぁ前金だからこれ以上取られる謂れはないだろう。
案内人(自称有資格観光ガイド)がそのまま助手席に乗り、「なんで今からバスパークに行くんだ。もうバスは無い」と言うので「いいから行ってくれ。下調べがしたい」と答えたが、人の言うことを聞こうとせず「もうバスは無い」と5回くらい繰り返すので鬱陶しいことこの上ない。
「バスパークの様子を見てから、タメルまで歩いて宿を探す」と言うと「それならバスパーク経由でタメルに連れて行ってやる」みたいな話になる。兎に角まずはバスパークだ。
バスパークは確かに静まり返っており、バスなど全くいない。切符売り場に行ってみるが、「バイラワ」と書かれたカウンターは発見出来たものの、時刻表などという洒落たものは存在せず、結局何の情報も得られなかった。
それでは宿探しだが、この案内人が「今は観光シーズンだからどこも満室だ。知り合いのところが空いてるかどうか調べてやる」と、こちらが幾ら余計なお世話だと言っても勝手にその知り合いとやらに電話し、そこが1室だけ空いているのでそこに連れて行ってやるといって連れて行かれてしまった。
まぁいい、自分の目で部屋を見て、納得いかなければ他を探せばいいことだ。
1フロアに3室か4室(うろ覚え)ある構造で、各階に共用のバスルームが1つだけ。案内された5階だったかは他に客がいないので、共用バスルームであってもお前専用だと言われる。ぉぃぉぃ、1室しか空いてないって話と矛盾してるじゃねぇか。
部屋はまぁまぁ綺麗で、バスルームも占有出来るなら内容としてはまぁいいものの、20ドルというのがどうにも高い。安くしろと粘ってみたがどうしても駄目。他を探そうかとも思ったが、確かに初めて来た国で夜中に宿を探し回るのは不安ではあり、諦めて20ドル払うことにしてしまった。
さて、そこへ先ほどのタクシーの運転手がやって来た。
「バスパークからここまでの料金を別に払え」だと。
ぉぃぉぃ、冗談じゃない。そんな話は聞いてない。
しかも650ルピーだと。空港からバスパークまでと同額だ。高々1キロか2キロでべらぼうに高い。
「冗談じゃない、別料金なら初めから言え。そういう話ならバスパークで降りていた。そんなものは払えない」と拒絶するが、向こうもなかなか引き下がらない。ああ、これが雲助というものか…。
そこへ、日本語が出来るというこの宿の経営者が帰って来て、事情を説明すると運転手に向かって一言何か言い、それで運転手は引き下がった。何を言ったのか知らないが、やはり無茶な支払いを要求していたことは自分でも認識していたということか。

この経営者は日本語が出来るということは日本に住んでいたわけだが、よりにもよって水戸に住んでいたらしい。
「そうなんですか?私の会社は勝田です」
茨城は本来大嫌いだが、話を合わせるネタになるなら使わない手は無い。
因みに内原出身の女性と結婚しているらしい。
ぼったくりタクシーに斡旋された宿ということで警戒は怠れない(つまり話の内容を信頼していいかどうか分からない)が、観光シーズンだからバスは混んでいるという。飛行機のチケットを取ってきてやるという話になり、かなり高くつくもののこれは固定料金で且つこのように代理購入を頼んでも手数料が別途掛かったりはしないのでぼられる心配自体は無いことと、移動時間の節約にはなるので観光時間の捻出にはいいだろう、ということで、航空券を頼むことにした。

因みに冷蔵庫に入っていた売り物の筈のスプライトとミネラルウォーターを1本ずつサービスしてくれた。
スプライトを飲もうとしたところで栓抜きが無いことに気付き、窓枠に適当に引っ掛けて開栓。この技術は意外に役に立つ。
一方のミネラルウォーターである筈のボトルは、開けようとしたら既に封が切られていた。空ボトルに水詰めやがったな。まさか生水じゃないだろうな…。
結局飲んだけど、今に至るまで何ともないから生水ではなかったのだろう。

初日から色々あって不安になってきたけど、兎に角寝よう。
23:59 | Comment(2) | 旅行

2010年10月23日

ネパール旅行1日目:香港到着

ネパール旅行だが、今日は香港まで。

成田スカイアクセスが開通してから最初の用事を伴っての同線乗車である。40分に1本しかないアクセス特急の中から飛行機の時間に過不足無く間に合う列車を選ぶと、それは本線経由特急と所要時間が殆ど変わらないものだった。遅くなる原因は2つあり、1つはアクセス特急は地下鉄直通列車のため上野から青砥まで別の列車に乗らなければいけないが、その接続列車が「普通」であること、そしてもう1つが単線区間での異常な待ち時間である。この列車は根小屋信号場で先に到着して待機していた列車と行き違い、その後無意味に10分間も停車してから空港に向かうという酷いダイヤなのだ。スカイライナー慫慂のための露骨な作戦なのかも知れないが、運賃だけで乗れると言ってもその運賃を本線より高くしているのだから、それなりの速達性を提供する義務があると思うのだが。

空港第2ビル名物、扉は開いてるのに乗れない電車
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今日搭乗するはキャセイ。オンラインチェックインを済ませてあるのでチェックイン済み客専用カウンターに並ぶが、通常チェックイン列の方が短いでやんのorz
搭乗口に行くと売店に白い恋人があるのを発見。道外販売を原則行わないことでブランドを保っていると評判だが、その「原則」の例外がこんなところにあったか…。

飛行機の座席は新しくなっていてシェルシート。しかし座面までシェルにしてしまったのか、走ルンです並とまでは言わないが椅子が硬くてお尻が痛い。
機内では寝不足なので寝たいところだが、充実している上映メニューを活用しないと損した気になる貧乏性なので頑張って視聴。北京語による中国の古い橋の話と、広東語による香港の歴史的建築の話。どちらも字幕付きなので特に前者は自分のような初心者用。後者は端から広東語を学んでいないため音声はお手上げだが、建築の話なので時々難解な語彙が出て来て字幕を見ても分からないことが多い。
機内食の際、客室乗務員に香港人と思われたようでメニューを物凄い勢いで広東語で捲し立てられてしまった。「英語でお願い」と頼むと今度は物凄い勢いで英語で捲し立てられて、やっぱり半分くらいしか分からなかったorz

香港到着。税関とフリーエリア(完全な「国内」領域)の間にボーダーゾーンというフリーエリアからは入れないエリア(要するに入国時の一方通行)があり、ここに機場快線のカウンターや両替所がある。夜なのでレートを吟味するのも面倒で、ここで一発両替。
尚、香港滞在は約22時間なので、この1日を使って香港乗り鉄を企画、そのための一日乗車券が直接購入ではHKD55であるところ、事前にオンライン購入するとHKD52であるため、オンライン購入して伝票を印刷して持って来た。
ところが現物の受け取りが当然空港で出来るものだと思いきや、青衣、九龍、香港の各駅(つまり機場快線の都心側各駅)でしか受け取りが出来ないのだった。そこまでの交通費で浮かせたつもりの3ドルを遥かに上回ってしまうという大失敗。
機場快線はべらぼうに高いので、バスで青衣まで行くことにする。青衣駅に行くにはその先の葵芳駅行のE32系統に乗ることになる。HKD10.5。釣銭が出ないので両替の際にしっかり50セント硬貨を混ぜて貰うことは忘れなかった。

夜と言えども2階の最前列に陣取れば絶景であることに変わりは無い。
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車内には次停留所表示があり、案内放送も広東語、英語、北京語でなされるから日本並の利便性だ。
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空港内をあちこち巡回し、東涌駅を経由してから青衣大橋を通り、青衣へ。そろそろかなと思うと長安というバスターミナルに停車。駅はまだかなーと思っていたら、その次はいきなり橋を渡った先の大窩口駅になってしまった。なんと、バス停には青衣という言葉は一言も出ないのに、そこで降りなければいけなかったのかorzorzorz
大窩口駅で降りると地下鉄経由で青衣まで戻るには却って遠回りなので、終点の葵芳駅まで乗り通し、地下鉄に乗車。まさか単程票を買う羽目になろうとは…。

やっとの思いで青衣駅に辿り着き、窓口に行って一日乗車券を受け取ろうとすると、係員が「(購入した内容が)登録されていない」などと言いながらパソコンを叩き捲って散々待たされる。どうなってるんだかなぁと思いながら待ち続けると、やっと出て来たのはどういうわけか3日間乗り放題+機場快線1回乗車の「機場快線旅遊票」だった。尤もどうせ1日しかいないからあまり嬉しくはないのだが…。
因みに一日乗車券は使用開始から24時間有効なのに対し、機場快線旅遊票の3日間とは暦日単位なので、今日はあと数時間もないのにしっかり1日分となる。

兎に角有難く頂戴したこの切符で尖沙咀に行き、重慶大廈で今夜の宿を探す。ここの安宿とはどんなものなのかを一度体験してみたかったのだ。
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ビルは4隅の高層部に分かれており、それぞれ専用のエレベーターや階段でしかアクセス出来ない。正面口に近いエレベーターには安宿の客引きがたむろしていてエレベーターを落ち着いて待つこともままならないため、奥の方のエレベーターにした。
エレベーターは1箇所に2基あるのだが、乗ってから気付いたことに片方が奇数階のみ、もう片方が偶数階のみという実に使いにくい構造になっているのだった。そういうわけで看板を見て取り敢えず6階の安宿に行ってみようと思ったのに、奇数階しかとまらなかったので5階へ行く羽目に。尤も階段もあるし安宿もフロア毎に1軒ずつと言ってもいいくらい沢山あるので特に問題は無い。
最初の宿で部屋を見せて貰うと、綺麗は綺麗なのだが窓が無い。窓が無いと朝明るくなったかどうかの確認が出来ないのが気分的に宜しくない。また、200ドルと言われたので、もっと安くならないものかと他を探すことにする。
安宿だけあってフロント業務はいい加減なところが多く、電話で呼び出せというものが多い。外国人が主要なターゲットだろうにここで使える携帯電話なんか持ってる外国人は早々いないだろうに…。また「満室」と言われてみたり、5軒くらい空振りして、さっきと同じ200ドルだが窓(但し中庭側)と無線LANがある宿があったので妥協。尤も、清潔度はいまいちだったが…。
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23:59 | Comment(0) | 旅行

2010年10月21日

小田急異常時総合訓練見学

小田急の「異常時総合訓練」がアンケートモニター対象に公開されたので行ってきた。
というより、これがあるからこそモニターに応募したと言っても過言ではない。そして、この日のために顰蹙を買いながらも休暇を取得。
場所は海老名車両基地なので、会社に行くのとあまり気分は変わらない。

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10:45集合で、30分ほど訓練の説明があったあと、極めて早い昼食。訓練が12:30からなので止むを得ない。それより、お弁当を出してくれるんだから文句を言っては罰が当たる。

訓練は、「代々木八幡・参宮橋間の踏切で、突っ込んで来た乗用車に新宿行き各停が衝突して脱線、乗用車は炎上、架線も切断」という想定。そして実際に廃車予定の電車(ということは当然5000形)を自動車にぶつけるところが訓練の見所だ。
しかしながら予めネタばらしをすると、実際にそのような大事故を起こしてしまっては復旧に多額の費用を要する(特に、脱線するほどの衝撃で衝突させると、台車が使い物にならなくなるらしい)ということで、衝突は極めて静穏に行い、脱線復旧訓練は3分間クッキング宜しく別に予め脱線させておいた電車を用いて行う、というものだった。

我々モニターは見学用に用意された電車(6両編成、車内では編成中の好きな場所から眺められる)に乗り込み、その中から遠巻きに訓練を眺めるのだが、見学用電車と現場との間に実行本部が置かれている。ところが今日は雨のため、この実行本部にテントが架けられてしまい、見通しが利かなくなってしまった。衝突現場だけを見る分には問題無いのだが、事故処理作業と並行して行われる乗客脱出訓練がテントの陰になって見えない。逆に後者が見える位置にいると前者が見えない。折角の見学会なのにこれは酷い。

兎に角、まずは衝突の動画でも。

衝撃は極めて小さいと思われるが、それでも衝突の瞬間の鈍い音はなかなか聞けるものではない。

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因みにお釈迦にする車、わざわざ偽ナンバー付けてるんだよね…。必要性を全く感じないのだが…。

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衝突させた後、「炎上」という想定に基づき乗用車に火が放たれる…と言いたいところだが、実際に燃やすとこれまた後始末が大変ということだろう、発炎筒を炊いている程度だ。

この後、消火、車両運転者救出のために車両移動、車体切断などが行われる。
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同時並行で編成後部では乗客の脱出訓練(ロングシートを外して滑り台のように使って脱出)が行われている筈なのだが、前述の通りこれを見ることは出来なかった。

さて、衝突車両除去が終わると、衝突した電車は自力で撤退してしまい、その隣の線路に予め用意されていた脱線車両の復旧訓練である。こちらは車両に損傷を与えるようなものではないため、今後も使われ続ける車両(8000形)が抜擢されていた。
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これはジャッキを仕掛けて持ち上げ、横移動して復旧。横移動というのがこちらの視点からでは完全に前後方向となるのでその移動の様子が全く分からなかった。

復旧後は、衝突した運転台が使えなくなったという設定で、後部運転台からの推進運転の訓練。この場合、前方運転台に車掌が乗り、後部運転台に見えるように横に手旗信号(緑と赤)を出して運行する。
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旗を横に出すので対向列車に当たりそうなので「これは隣の線路は閉鎖しているのが前提か?」と聞いたら「封鎖はしない。隣の線路まではみ出さない程度に出しているので問題ない」とのことだった。尤も「実際には怖くてなかなか難しいですけどね」だそうだ…。

最後に、事故車両が自力運転不可能な場合を想定して、後ろから別の車両を連結して推進運転を行う訓練。
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この場合は故障編成の先頭の監視要員が手旗信号を出し、故障編成後部運転台の要員がこれを目視で「中継」し、すぐ後ろの救援編成運転台の運転士が信号を確認出来るようにする。今回の事故編成は4両編成だったが、編成が長かったり見通しが利かない区間だったりする場合は、編成中間に適宜中継信号要員を配置するらしい。

さて、車内には我々に解説をするために職員の方が何人か乗り込んでいる。当然訓練自体の説明をしてくれるわけだが、それ以外にも小田急線全般について色々と喋ってくれて面白い。流石に参加者側はモニターなので痛いヲタという人種はいないのだが、むしろ職員氏の側こそそういうヲタ話をしたい様子。小田急伝統の車体裾絞りをやめたのは低床化との両立にコストが嵩むこと、あさぎりの利用者数はずっと下落傾向であること、異形式併結はとても運転し辛いこと、快速急行を設定した理由として実は京王相模原線の存在も大きいこと(横浜線から新宿への客を取られるため)、等等。

なかなか面白い体験で、休暇を取った甲斐があった。休暇の日を有意義に使えないと、凄い罪悪感を感じてしまうからな…。

おまけ:本日の犠牲車のアップ
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23:49 | Comment(6) | 日記