2011年11月02日

プエルトリコ旅行2日目:ポンセ

ポンセ行きのプブリコに乗るべく、6時過ぎに出発。
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電車は兎も角バスが早朝にどれだけ待てばやって来るものか分からないので、サグラドコラソン駅までは頑張って歩くことにした。その距離約4km。昨日買った地図が無ければ困難を極めたに違いない。
40分ほどで駅に着き、電車に乗ってリオピエドラスへ。
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駅を出て昨日の広場だが、道の反対側から見てみると昨日は気付かなかった「PONCE」という看板が目に入った。ああ、最初からこれに気付いていれば…。

そこに停まっていた車の運転手が「ポンセは80ドルだ」とふざけたことを言う。ネットで調べたところ、相場は車の大きさや客の人数にもよるが20ドルから40ドルらしい。ぼったくりを避けて他の車にしたいところだが他に車はいないので、これに乗るかポンセ行きを諦めるかしかない。交渉の過程は思い出すだに癪なので省略するが、結局60ドルも取られてしまった。まぁ、タクシーだと100ドル以上するらしいから、その半額で済んだと思わないと…。
こういう悪徳業者はとんでもないところに連れて行くかも知れないので道中地図は手放せない。
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ポンセまでは約100km。基本的にひたすら高速を走るが、高速道路の風景が退屈なのはどこの国も変わらないようだ…。
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途中にあった緊急待避所。やたらと長い。
因みに復路には道路脇を土にしただけで上り坂となっておらず、ひたすら本線と並行するタイプの緊急待避所があった。これはこれで随時進入出来るというメリットはありそうだ。
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ポンセの入口には、道路を横断するように「PONCE」の5文字を1文字ずつ置いてある。

ポンセにもプブリコターミナルがあることを車窓から確認したが、観光客なので中心広場・Plaza de Las Deliciasで降ろされた。
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広場にはポンセの目玉である大聖堂と消防博物館がある。大聖堂は午前中しか開放されていないので、まずはこちらを見学。
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メキシコでも教会行脚をしたものだが、荘厳さに感銘を受ける半面、その様子を文章にしようとすると書くことが無くて困る…。

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大聖堂を出て、隣にある消防博物館へ。赤と黒の縞模様という奇抜なデザインで、昔の消防署が博物館になっている。観光案内所も設置されている。見学は無料だが案内所で記名させられ、市内の案内図を受け取る。
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博物館は実に小ぢんまりとしていて、消防車が1台と、あとは一方に消防の歴史、もう一方にプエルトリコの歴史のパネル展示だ。じっくり読めばそこそこのボリュームではあろうが、スペイン語の文章を頑張って読み切る気力が無い…。

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広場に面して、遊園地の乗り物のような吹き曝しのトレーラーがある。どうやら「チューチュートレイン」の増結車両のようだ。尚、これと別に単車体のクラシックバスもあり、どちらも観光用に市内を巡回している。
アメリカの語ではtrolleyというとその意味はトロリーバスや増してや架線が第一に来ることはなく、昔日の路面電車を模した観光客用に走るバスのことである。「トロリーが走っている」というオリジナルの表現が、誤訳や誤解を経て「電車が走っている」という意味に案内され、それを見てから現実を知ってがっかりすることも少なくない…。
因みに架線の意味でのtrolleyはスペイン語でtroleだが、アメリカ英語の第一義としてのtrolleyはスペイン語圏であるこの地に於いてもtrolleyであった。
サンフアン以外に路線バスが存在しない不便極まりないプエルトリコだが、その代償なのかこのトロリー等は無料で乗ることが出来る。しかし、どれくらい待てばやって来るのか分からないし、路線も分からないので、結局乗ることはなく終わってしまった。

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広場の南側には市庁舎がある。メキシコのグアダラハラにあったハリスコ州庁舎のように、役所として現役ながらもその古風な建物を中庭に入って眺められる。
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しかし、メキシコのそれがかの国の名物である壁画で彩られていたのに対し、こちらは現代の画家による普通の絵画が売り物として展示されているに過ぎない。
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そもそも、間口が開いているのでつかつかと入って来たが、最終的には観光名所として開放されているのかどうかも分からなくなってしまったが…。

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次は広場から東に行き、ポンセ博物館を見学する。ここも無料。ポンセは無料の観覧施設が多い。
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展示内容は原始時代からのポンセの歴史だが、説明は全てスペイン語なのでまたしても読解をサボる。丁度団体客向けにガイドツアーを催していたが、これもスペイン語での案内なので後ろで1/5の理解力でじっと聞いているのは苦痛なのでパス。
ポンセは今でこそプエルトリコ第二の都市だが、一時は最大の都市であったらしい。その栄華を歴史の一齣として伝えるのがこの博物館だ。
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公共交通不毛のこの町も、かつては路面電車や都市間鉄道があったらしい。

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ポンセ博物館の隣には音楽博物館がある。ピアノ以外あまり興味がない上に当然スペイン語では、さて分かるものだろうかと思ったが、こちらも無料なので入ってみる。
受付簿に記名してさて中を拝見…と思ったら、自由行動させてくれず、対応したおじさんが展示を説明して回る方式だった。いや、説明してくれるんだから有難いと思うべきなのかも知れないけど、自分のペースで見られないのは結構辛い。勿論こちらの理解力などお構いなしにスペイン語です。
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ピストンの付いたトロンボーン。珍しい。
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胴を様々な意匠で製作したギター。
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オペラの歌詞の文字列で描かれた歌手の肖像画。
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展示されている楽器のうち幾つかの打楽器は「ちょっと叩いてみろ」と試弾(って言うのかな?)させてくれたが、同時に持っていたデジカメを取り上げられ、赤恥写真を撮られてしまった。勿論サービスのつもりなんだろうけど、こんな恥ずかしい写真とても公開出来ません。

さらに東へ歩き、旧市街の入口まで来た。ここは川に橋が架かっており、橋のこちら側で道路が市街方向と逆方向の一方通行路に分岐する、如何にも町の入口という風情の場所だ。公園もあってそれなりの雰囲気だが、だからと言って目ぼしい建築等があるわけではない。

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近くに座っていた中学生だか高校生だかにせがまれ、写真を撮らされました。
でも、要求してきたこの子より、隣にいた子の方が可愛かった(げほげほ

当地出身らしい野球選手パンチョ・コインブレの博物館。僅か一室で、しかも野球選手の博物館だからグローブ等が展示されているだけ。運動音痴には壊滅的に詰まらない。このボリュームだから勿論無料。で、興味を持てなかったので写真も撮り忘れたようだ…。

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さて、ポンセは町並みも綺麗なので、ただ歩くだけでもそれなりの観光になる。18世紀頃?に建てられた、色とりどりのパステルカラーで彩られた建築が並んでいる。ただ、気になるのが空き家が極めて多く、そのためもあって全体的に建物が薄汚れていること。人通りも車もそれなりにあるので全くゴーストタウンという雰囲気ではないのだが、中心広場沿い以外には商業施設があまり見当たらず、うらぶれた雰囲気を感じてしまう。

ところで、プエルトリコでは自家用車のナンバープレートは後ろにのみ装着するものらしい(商用車は前にも装着)。従って、日本(のみならず殆どの国)の観点からすると一見無登録車と思うような車が走り回っているわけだが、中には正規のナンバープレートを装着しない代わりに色々な飾りを取り付けている車もある。
その飾りがダミーのナンバープレートである場合もあるのだが、目を引いたのがこれ。
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日本のナンバーとは…。
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その後、こんなのも見た。何だか戦時中っぽくて嫌ですね。
日本飾りを2台も目撃したというだけでも驚きだが、更に不思議なのがこの2台が揃って模擬ナンバーの地名を長野にしていたこと。長野とは何か縁があるのだろうか?

来るのが一苦労なら帰るのも一苦労、帰りのプブリコをいつどこで捕まえられるのか確証がない。今すぐ帰るわけではないが、プブリコターミナルを偵察。
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サンフアン同様に地名が書かれた看板がずらっと並んでいる。これを探すと、サンフアンは見当たらないがリオピエドラスがあった。リオピエドラスは今でこそサンフアン市内だが、以前は別の市であったらしい。その経緯もあってサンフアンとは別の地として扱われているのかも知れない。
しかし、リオピエドラスという地名がサンフアン市内のそれとは別に存在しては一大事だ。念のため誰かに聞いてみようと人を探すと…、あろうことか、あの悪徳業者しかいなかった…。しかし、悪徳業者ではあってもサンフアンに行く車には違いない。それがここにいるということは多分ここで正しいのだろう。
ここでは確認が取れないので、今一度消防博物館併設の案内所に行き、質問してみる。
すると地図を渡され、「サンフアンへ行く道はこれだから、この路上で待て」と言われた。てっきりプブリコターミナルを案内されると思ったのだが…。ターミナルよりは案内された道路の方が近い(とは言ってもターミナルもほんの200m程度だ)からそちらを案内したのだろうか?

往路同様に今後の足に一抹の不安を残す状態となってしまったが、観光再開。今度は市街北西の墓地・Panteón Nacional Román Baldorioty de Castroへ。
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ここはポンセ最古の由緒正しい墓地らしいのだが、近年まで長らく放置されており、かなり荒れている。
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一部は再整備して真新しい墓やモニュメントがあるが、大半は崩れかけたり棺を入れる穴だけになっていたりと、管理人がいなければ逃げ出したくなるような雰囲気だ。まぁ、常夏の灼熱の陽光の下なので、無人でもそれほど不気味ではないだろうけど。

この墓地の裏山を登ったところに、十字架を模した展望台博物館であるMuseo Castillo Serrallés。ここにはなんと日本庭園があるので、行ってみる。今までのスポットはいずれも中心広場から1kmとない範囲に納まっていたが、今度は(車道ではあるが)山登りでもあり、炎天下歩くのはちょっと疲れる。トロリーも通じているらしいのだが…。
途中に高級住宅があり、庭で犬を多数飼っていて、こいつらが目の前を通行する「不審者」にけたたましく吠え掛かる。しかし厳重な柵が「不審者」を犬から防護してくれるので、五月蝿いのを我慢すれば済む…。
ところが、更に進むと廃墟があった。ここに野良犬が集結していて、同じく一斉に吠え掛かってくる。そして、廃墟なので柵が機能しなくなっており、一部の犬が道路に出てきて追いかけて来る。これは生きた心地がしなかった。サンミゲルデアジェンデの悪夢再来か…。しかし、真面目に追っては来なかったので助かった。
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そんな恐怖区間を抜けて、やっと辿り着いたが、なんと今日は休業。なんということだ。実は最初に貰った観光案内に休業日もしっかり明記されていたので、チェックを怠らなければこんなことにはならなかったのだが…。
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それでも、ここまで登ってきた大きな目的はポンセ市街の眺望を得ること、それだけなら展望台に上らなくても叶う筈…と思ったのだが、木が邪魔でいまいちだった。

観光施設が休業なら、ここまでやって来る人も車も殆どなく、トロリーが走っていないことも道理だ…。
しかし、困ったことは、これからの下山であの恐怖の野良犬地帯をまた通らねばならないことだ。果たして無事に抜けられるのか。別の道が存在しないかと探しながら進むが、存在しないまま当該箇所に到達してしまった。偶々車でも通ってくれればその威を借りて何とか切り抜けられるかと思ったのだが、車も来ない。大丈夫かな…と恐る恐る現場に近づくが、往路と打って変わって何の物音もしない。こちらが無害な存在だと学習して喧嘩を売るのをやめたのかな。そうだといいんだけど。
その先の高級住宅の犬は相変わらず五月蝿かったが。

しかし、その更に先、市街に近い住宅街となって人通りも少しは出てきた頃、先ほど追ってきたあの野良犬を発見。ここまで降りて来ていたらしい…。但し今度は他に人の姿があるので犬の方が少数派だ。奴もそれを認識してか、大人しくしていた。

もう何度目か分からない中心広場に戻り、今度は南の外れにあるポンセ美術館へ。
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ここは勿論有料で、公称6ドルだが例によって消費税が附加される。ここではリュックは強制的に預けさせられるのでその処遇が不安になるが、綺麗な美術館だから職員の心も綺麗だろうと思い込むことにする。まぁ、身軽に見学出来るのは有難いと言えば有難い。

絵には全く疎いが、無学でも綺麗な絵を見るのは楽しい。ここの美術館は17世紀頃の宗教画に始まって様々な時代の絵画を中心とした美術品を蒐集し、果ては現代美術の新作に至る。現代美術は例によって何がいいのかさっぱり分からないが、それを除いてもなかなか見応えがある。
難点は、順路が分かり辛いこと。また、1階と2階でどのように展示の性格を分離しているのかが分からない。1階で順路に沿って見学すれば収蔵品を時系列順に見ることになるが、2階はそれとは無関係に展示されている。
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日本人画家の作品もあります。と思ったらこの間部学という人は正確には日系人でした。「京都の庭」。
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東洋的な意匠なので、これも日本人?と思ったら、ジャポニズムの権化ガレの作品でした。
でも、よく見るとガレ自身の手によるものはほんの数点で、その他はガレの工房の時代が下った作品等。
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日立製のディスプレイとは珍しい。日本国内ですらこういう場では滅多にお目に掛かれないのに。
因みに、ここで上映しているのは作品の解説ビデオ等ではなく、写真が時々刻々他の写真に変化し続けるという「作品」。いまいち意味が分からない。
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これ、「トイレ」という作品。トイレじゃないだろ、トイレじゃ…。
bathroomであればまだ幅広い解釈が出来ようところ、vaño(en:Toilet)ではどうしようもない。誤訳だと思うが、日本に対する偏見故であれば困ったものだ。
しかも、顔が西洋人による西洋人の標準顔っぽく描かれているので、非常にアンバランスな気味の悪い仕上がりになっている。
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よく分からない現代芸術の作品も何点かありました。

ところで、喉が渇いたので水飲み場がないかと探したが、トイレ(さっきの絵ではない)とセットで設置されているのが通例と思いトイレに行っても無いので、絶望…と思ったら、中庭に出たところにあった。何故わざわざ屋外に設置するんだろうか。兎に角助かったが。

美術館を出て広場へ向かう途中に、「駐車場&プブリコターミナル」という看板が出ている施設が。ここにもターミナル?
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先ほどのターミナルと違い地平はほぼ公園のようになっていて、地下に何層かスペースが納まっている模様。偵察してみるが、地下が駐車場で、地上の僅かな車寄せ程度の空間がターミナルのようだ。そして、肝心のプブリコは見当たらない。先ほどのターミナルとの違いは如何に…。
後で分かったことだが、この駐車場は無料。プエルトリコの正統な観光方法であるレンタカーでやって来た場合、ここに駐車して市内散策をすれば良いわけだ。

一通り観光が済み、時刻は16時前。昨日リオピエドラスのターミナルで「こんな遅くに?」と言われた時刻の30分前でしかないので既に遅過ぎる可能性もあるが、もしサンフアン行きのプブリコが捕まればサンフアンまで帰ろうと思い、案内所で指示された通りで車を待つ。
しかし、1時間弱待機したが、サンフアン行きの車どころかプブリコ自体登場しなかった。残念。それでは今日のところはここで宿を探さねば。
今回の旅程の宿はほぼ全て予約済みであるが、唯一今夜の宿のみ、そもそもポンセに来られるかどうか自体が不透明だったことがあり、未定である。

しかし、宿の前に食事だ。例によって、今日は朝から何も食べてないorz
毎回旅行の度に食事を削減しているが、何もケチっているわけではない。日のある時間を観光せずに食事に使ってしまうのが勿体無いと思い、どうしても夜までお預けになってしまうのだ。時間をケチっているとも言うかも知れないが…
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地図を見て一番近そうなショッピングモールへ赴く。旧市街は居住空間としての都市機能は壊滅状態なので、郊外にあるショッピングモールに行かねばならない。一番近いところは地図で見ると一番狭いのでしょぼそうだが、他は3km以上歩きそうなので、1km弱で済む一番近いところへ。
まずはスーパーを覗く。ミリンダが2lで95セントと、流石アメリカ、こういう不健康食品は格安と感心して購入。ついでに今すぐに買うと荷物なので買おうとは思わないものの、お土産に適した食品が無いか探してみるが、特に面白いものは見当たらず。

スーパーを出て食事が出来る店を探すが、流石にしょぼいモールだけあって開いているのは1店しかない。モールを出た道の反対側に店らしきものが何軒か並んでいるように見えたので見に行ってみるが、飲食店ではなさそうだった。結局そのただ1店に入店し、如何にもアメリカのジャンクフードだが、フライドチキンとフライドポテトとチャーハンっぽいものの「ファミリーセット」を購入。ファミリーセットだから分量が多いが、3食分と思えば多くはないだろう。
因みに先ほど買ったミリンダのペットボトルを持ち歩いていたら、頼んでもいないのにコップに氷を入れて渡してくれた。なんて親切なんだ。
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しかし、いざ食べ始めてみると食があまり進まない。過度に疲労していて胃の働きが弱まってしまっている。疲労しているんだからエネルギーを補給しないといけない場面だというのに。こんな状態ではいつか死ぬぞ、自分…。
また、フライドチキンが非常に塩辛く、この点でも食が進まない。ああ、アメリカンテイストだなぁ…。
結局、ポテトは完食したが、残り2者の大半を残し、明日の朝食にでもしようとそのまま持って出る。以後、念のため日本から持ってきた買い物袋(レジ袋ではなく布製のきちんとしたもの)が旅行終了まで活躍することになる。全くダサいスタイルだが知ったことではない。

食事が済んだので、いよいよホテル探しだ。
暗くなった旧市街を縦横無尽に歩き回って探すが、広場に近い数軒の高そうなホテルを除き、宿泊施設が皆目見当たらない。曲がりなりにも観光地でここまで宿泊施設が存在しないものだろうか。「ゲストハウス」という看板を見つけて、質はともかく安く泊まりたいからもってこいだと思って近付いたら、廃墟だったし…。
途方に暮れて広場に戻ると警官がだべっていたので、「この辺に安いホテルはないか」と聞いてみる。すると、「安い」という条件が無理難題だったらしく困り果ててしまった。周りにいた数人の人と議論した結果、「安いのはない。ホテルはあっちとこっちだ」と、敬遠していた高そうなホテルを指示された。

そうであればしょうがない、その数軒の中で安いところを選ぶしかない。
まずは広場に面しているホテルが、間口が狭いので安いかなと思い突撃。しかし、110ドル。うーん、やはり高い…。
次に広場に面したブロックの広場の死角にあるホテル。こちらは75ドル。今の為替レートなら6000円以下か…。そう考えるとサンフアンで泊まったホテルより安い。部屋を見せて貰い、まぁまぁなのでここに決める。因みにカード取り扱いの看板が出ているのに、何故か支払いは現金に限定された。
フロントでプブリコに乗る手段を聞くと、「予約してここまで呼ばないといけない」と言われる。そんなの面倒な上に追加料金を取られるから冗談じゃない。「ターミナルまで行って乗る」と言うと、既に分かっているのに懇切丁寧に単純な道順を教えてくれた。6時から15時までの出発らしい。しかし問題は、サービスの朝食が7時からであること。朝食がサービスということは持ってきたジャンクフードがだぶついてしまう上、出来るだけ早く乗りに行きたいのに7時過ぎまでは足止めされてしまうことを意味する。まぁ、朝食を捨てれば済むことではあるが…。
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まぁ、所謂コロニアルホテルで、内装はいい感じ。
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部屋もバスタブこそ無いがサンフアンで泊まったホテルよりは良い。しかし、またしてもお湯が出なかった…。
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