2011年07月01日

東大が秋入学への全面移行を検討

東大が入学時期を全面的に秋にする方向で検討しているらしい。

国際標準を絶対としてローカルの文化を否定する、言語で言えば英語を公用語として日本語を禁止するみたいな、個人的には嫌な動きだ。

留学生の獲得や、日本人でも海外基準に合わせた学び方をしたい学生を得ることを考えるなら、秋入学は勿論あってもいい。しかし、無理矢理統一する必要は無いだろう。半年ずれた学生が存在するとカリキュラムに支障が出ると言いたいのかも知れないが、実際には半年完結の講義が殆どだし、先に予備知識無しで演習を受講させ、後から講義というカリキュラムを平気で組むような大学だ。半年ずれて入学して問題が生じるとは思えない。逆に、日本ローカルの年度により日本人の短期留学が困難という点については、これも半年毎に区切られた連続性の薄いカリキュラム故、年度の真ん中から1年なり抜けるのは、年度の初めから1年抜けるのと、学生の立場からすればさして変わらない。むしろそれを積極的に容認する制度改革こそ必要だろう。

入試の時期は春のまま、入学を半年遅らせるというのも酷い話だ。入学までの半年で短期留学なりの経験を積めと気軽に言うが、昨日まで死に物狂いで受験勉強していた身に、そんな準備をする暇があるわけが無い。合格が分かってから慌てて準備して、どれだけ有意義な半年が過ごせるだろうか。他所の大学でも同じ制度であれば、東大に落ちて第二志望に行くという選択になっても半年空くのは同じだから、受験結果に拠らず準備が出来るが、当面は「東大対策」が求められる。しかも有意義な準備を受験勉強と並行して行うとなれば、負担も大きい。海外では合格から入学までのブランクを(場合によっては積極的に生成して)活用した留学などが一般的らしいので、サポート体制も整っていて準備は比較的容易かも知れないが、東大生だけのためという小規模市場の留学サポートが十全なものが出来てくるとは期待し辛い。

…それとも、東大に受かるか落ちるか分からず必死で勉強しないといけないような人間はそもそもお呼びでないということだろうか?確かに「最高学府」であるから、日本一の頭脳の持ち主を更に伸長させるのが目的だろう。ウサギがちょっとサボったところへ必死の形相で追い付いたカメなど、その後も必死に歩き続けた(本人は走っているつもりかも知れないが)ところで、ウサギがちょっとやる気を出したら到底太刀打ち出来ない。間違ったタイミングで受験生の頭脳を評価し、伸びしろの少ないカメを獲得してしまうことを避けたいのかも知れない。

尤も、秋入学に統一するとしたら、入試を秋にすることは受験生にとっても大きなリスクではある。滑り止めを捨てて東大に賭けるか、滑り止め大学に一旦入学して半年分(1年分?)の高額な学費という保険料でその役割を温存するかが求められる。大学側にしても、秋入試にすると受験勉強期間が半年延長されることになり、それこそ努力家のカメという望ましくない人材を招き入れる危険性を増やしてしまう。ましてや、春秋入学並立では同一人物に年に2回の受験機会を与えることになり、この意味でもカメの侵入機会が増える。最近は浪人や留年による人間価値の毀損が甚大なので浪人してまでいい大学に入ろうという人は少ないと思われるが、半年くらいならいいかと思う人も出て来るだろう。

そうは言っても、半年ずれたカリキュラムを終え、半年遅れで世の中に人材を放出することを予定している、言ってみれば東大の都合を社会に押し付けるようなものだ。3月卒の人もいるだろうけど9月卒も宜しく扱えよ、と。それだけの多様性を社会に求めるのであれば、何故自分自身が入学時期並存という多様性を持つことが出来ないのか。
20:21 | Comment(0) | 社会
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