2011年07月01日

東大が秋入学への全面移行を検討

東大が入学時期を全面的に秋にする方向で検討しているらしい。

国際標準を絶対としてローカルの文化を否定する、言語で言えば英語を公用語として日本語を禁止するみたいな、個人的には嫌な動きだ。

留学生の獲得や、日本人でも海外基準に合わせた学び方をしたい学生を得ることを考えるなら、秋入学は勿論あってもいい。しかし、無理矢理統一する必要は無いだろう。半年ずれた学生が存在するとカリキュラムに支障が出ると言いたいのかも知れないが、実際には半年完結の講義が殆どだし、先に予備知識無しで演習を受講させ、後から講義というカリキュラムを平気で組むような大学だ。半年ずれて入学して問題が生じるとは思えない。逆に、日本ローカルの年度により日本人の短期留学が困難という点については、これも半年毎に区切られた連続性の薄いカリキュラム故、年度の真ん中から1年なり抜けるのは、年度の初めから1年抜けるのと、学生の立場からすればさして変わらない。むしろそれを積極的に容認する制度改革こそ必要だろう。

入試の時期は春のまま、入学を半年遅らせるというのも酷い話だ。入学までの半年で短期留学なりの経験を積めと気軽に言うが、昨日まで死に物狂いで受験勉強していた身に、そんな準備をする暇があるわけが無い。合格が分かってから慌てて準備して、どれだけ有意義な半年が過ごせるだろうか。他所の大学でも同じ制度であれば、東大に落ちて第二志望に行くという選択になっても半年空くのは同じだから、受験結果に拠らず準備が出来るが、当面は「東大対策」が求められる。しかも有意義な準備を受験勉強と並行して行うとなれば、負担も大きい。海外では合格から入学までのブランクを(場合によっては積極的に生成して)活用した留学などが一般的らしいので、サポート体制も整っていて準備は比較的容易かも知れないが、東大生だけのためという小規模市場の留学サポートが十全なものが出来てくるとは期待し辛い。

…それとも、東大に受かるか落ちるか分からず必死で勉強しないといけないような人間はそもそもお呼びでないということだろうか?確かに「最高学府」であるから、日本一の頭脳の持ち主を更に伸長させるのが目的だろう。ウサギがちょっとサボったところへ必死の形相で追い付いたカメなど、その後も必死に歩き続けた(本人は走っているつもりかも知れないが)ところで、ウサギがちょっとやる気を出したら到底太刀打ち出来ない。間違ったタイミングで受験生の頭脳を評価し、伸びしろの少ないカメを獲得してしまうことを避けたいのかも知れない。

尤も、秋入学に統一するとしたら、入試を秋にすることは受験生にとっても大きなリスクではある。滑り止めを捨てて東大に賭けるか、滑り止め大学に一旦入学して半年分(1年分?)の高額な学費という保険料でその役割を温存するかが求められる。大学側にしても、秋入試にすると受験勉強期間が半年延長されることになり、それこそ努力家のカメという望ましくない人材を招き入れる危険性を増やしてしまう。ましてや、春秋入学並立では同一人物に年に2回の受験機会を与えることになり、この意味でもカメの侵入機会が増える。最近は浪人や留年による人間価値の毀損が甚大なので浪人してまでいい大学に入ろうという人は少ないと思われるが、半年くらいならいいかと思う人も出て来るだろう。

そうは言っても、半年ずれたカリキュラムを終え、半年遅れで世の中に人材を放出することを予定している、言ってみれば東大の都合を社会に押し付けるようなものだ。3月卒の人もいるだろうけど9月卒も宜しく扱えよ、と。それだけの多様性を社会に求めるのであれば、何故自分自身が入学時期並存という多様性を持つことが出来ないのか。
20:21 | Comment(0) | 社会

2011年06月03日

リンガール

リンガーハットが、女性向けというコンセプトで「リンガール東京」という新業態店舗を開設したそうだ。
新聞記事(例)によれば、既存店は女性客が入り辛い雰囲気のために新業態を開発したとのことだが、牛丼屋が女性も入れる店として市民権を得て来ている中で、それよりは入り易そうなのになんという体たらく。牛丼屋は最近の価格競争で話題になったお陰で市民権を得た面があろうが、リンガーハットはそのように話題を振りまくことは特に無かったことが災いしているのか。

店舗名もだが、メニューの名称がどうも…。白基調の店舗内装や盛り付けと横文字を混ぜたメニューで西洋風のイメージを出してみました、ってところなのだろうか。

それより気になるのが価格。リンガーハットでは、店によって違うがちゃんぽん、皿うどんは500円前後。それが同等品と思われるちゃんpon、Saraうどんそれぞれ880円とはかなり高い。女性向けだから分量が多いわけでもなく、逆に少ない印象ですらあるから、よほど食材に拘っていると言いたいのだろうが、元々リンガーハットの野菜は全て国産に切り替えているから、それを更に地産地消に拘ったからと言って、更に有意に価格が跳ね上がるものでもないと思うが…。そもそも地産地消の意義の1つは物流に係る(様々な意味での)コスト節減であり、従って価格の低下が期待されるところ、逆に高くなってしまっては価値が半減である。

まぁ、何であっても、拘れば拘るほど原価を吊り上げることは可能だろう。しかし普通はある程度のところで市場が認める価値の上限に行き着いてしまう筈。男性に比べ可処分所得が多く実際に財布の紐も緩い女性をターゲットにすることで、価格そのものに附加価値の存在を訴える戦略に出たと見るがどうか。
01:40 | Comment(0) | 社会

2011年05月28日

これは「外交論」なのか?

日経ビジネスオンラインに、「米国に見捨てられる――新たな危機に直面する日本」と題する記事が掲載された。

タイトルを見て大体予想は付いたが、要するに、見捨てられないようにもっと御機嫌取りに励め、という内容だ。
しかも、書き方が完全にアメリカ視点である。3ページに分けた記事のうち1ページを、米軍が行った今回の震災への支援を具体的に列挙することに充てている。誰にも知られていなかった内容があるなら兎も角、公知の内容を片っ端から並べたに過ぎない。「評論」の場でこのようなことを行うのは、アメリカの行為を宣伝していることに他ならない。
そして、「日本はアメリカにお返しをしないと見捨てられる」で締め括っている。アメリカの常套手段である恫喝外交そのままだ。それが結論なのだから、日本の立場(国益)を考えようという姿勢は感じられない。

問題は、このような記事が、1ページ目の冒頭にあるように、日本の周辺諸国とのこれからの関係を考えるとした連載の中で、しかもトップバッターとして掲載されていることだ。
この調子では、次回以降中国韓国ロシアといった国が話題になるのだろうが、「汚染水流出のお詫びに領土は諦めよ」みたいな話が出て来かねない。そうではなくて、冒頭の部分にもあるように周辺国の「善意」の裏にある冷徹な計算を明らかにし、それに「対抗」して如何に国益を守るかという議論の場としての連載なのではないか。

筆者は当然のことながら、復興支援を理由に基地固定化に繋げようとする米軍を批判する沖縄タイムスの評論を批判的に論じているが、そうであるならば、最低限、東北への支援に何故そこから一番離れた沖縄に基地があるのが最適だと言うのか、この至極真っ当な疑問に答えて欲しいものだ。尚、「対外抑止力と合わせて総合的に最適」という理屈は成り立たない。米軍は「今回の復興支援で沖縄の基地が重要だと証明された」と述べているのだから、対外抑止力と絡めることは出来ない。

巷にはびこる対米従属主義には辟易するばかりだが、今回はそれを唱える本稿の著者よりも、このような人物をこのような連載のトップバッターに据えた編集部に失望した。日本の外交はどうあるべきかを論じるのに、アメリカ側の人間を連れて来たようなものだからだ。
02:24 | Comment(0) | 社会

2011年03月22日

デマと風評と

福島原発が予断を許さない状況だが、問題の本質を差し置いてデマや風評被害が大きな問題になっている。いや、元々デマなどというのはそういうものだが。

今まで何度かの悲惨な災害を受け、多大な犠牲を払った代償で、少しずつ災害への対処法は洗練されている筈だ。例えば阪神淡路大震災の際は個人で支援物資を運ぼうとした車が押し寄せて阪神間の道路が麻痺したが、今回はそういう行為には取り纏めが必要という認識が浸透している。ところが、風説の流布への耐性は全く出来ていないようだ。

例えばいわき市は北端が屋内退避エリアに入っているが、これをしていわき市全体が危険という認識が広がっていると市長が怒っている。ラジオなら兎も角、テレビでは必ず地図が出ているのに、どうしてそういう拡大解釈になってしまうのか。テレビでの音声による補助説明はむしろ有害ということにもなる。そしてこの被害を受けて市長は「いわきは安全だと国が宣言しろ」と要求しているが、これはこれで実際に屋内退避エリアが一部存在するのは事実だから無理な相談だろう。風評の応酬で収拾が付かなくなっている。

放射能に対する過度の反応を作り出した原因の一端は海外にあると思う。例えば、日本人の多くが情けないことに未だに憧れの国と思っているアメリカの厳しい姿勢だ。日本では域外なり屋内なりへの退避範囲を半径30kmとしているところ、アメリカは80kmとしている。本来なら客観的に両者を比較してどちらが妥当か判断することが求められるが、「アメリカが言っていることだから正しい」という意識と、危険をより大きなものとして捉えて不安に陥りたがる心理とが重合して日本にパニックをもたらしているように思う。
そもそも他所の国にしてみれば、他国の様子などよく分からないし、また他国にいる自国民がその居場所を離れる羽目になったところで国益を毀損することは無いから、何か問題がありそうだったら取り敢えず逃げろと言うのが手っ取り早い危機管理策だ。更に、日本を取り巻く各国には、背景の違いはあれど全体的に反日的な空気が根強いことを忘れてはならない。日本の問題を殊更大きく取り上げたがるのである。
そして情けないことに、日本のメディアが海外発の報道を重大に受け止めてしまう傾向があることが国内の問題を大きくしている。例えば讀賣はアメリカの対応について「戦争に兵士を送り込み、その多数の犠牲に現実に向き合っているという危機意識があるからこそ」と評価している。冗談ではない。人命に対するそんな崇高な意識があるなら、何故他国民を虫けらのように殺せるのか。

そして遂に最悪の事態が起こった。福島や茨城の農産物から放射能が検出された。いや、放射能検出自体が最悪なのではない。まず被害者である筈の福島県知事自らが県産農産物全体の出荷規制を言い出し、そして国やその他各県も続々と出荷自粛を求めている。これに呼応するように店頭では当該地域産の農産物を撤去する動きが広がっているという。
被害者である筈の福島県がいち早く無影響のものが大多数であろう農産物の一律の出荷規制を言い出したのは何故なのか。消費者に安全性を必死に訴えて売り上げの落ち込みを抑えるより、全県を被害者とすることで国や東電に損害賠償を求める方が手っ取り早いという判断があったのではないか、そんな疑念すら抱かざるを得ない。

それにしても不思議である。数年前に中国製品の危険性が話題になり、一時は買い控えが起こった。ところが、当該品の安全性は全く改善されていないにも拘らず、結局消費者は徐々に中国製品に回帰して元に戻ってしまった。そもそも中国製品の危険性は大昔から言われていたことなのに、当時の「ブーム」発生前は皆平気でそれを買っていた。ところが今回、一部の農産物に多少放射性物質が附着した程度で、しかもそれが人体に影響しないと口を酸っぱくして言われているにも拘らず、全県の農産物を一律に忌避する動きが爆発的に広がっている。日本人は国産のものより中国製に愛着があるのだろうか。

食品に栄養成分やカロリーの表示があるのと同様に、日頃から放射能量の表示もしてみたらどうだろうか。そうすれば今回が如何に騒ぐに値しないレベルか分かりそうなものだ。…尤も、平時から森羅万象放射能だらけという事実を知って発狂する人が多いかも知れないが。
00:06 | Comment(0) | 社会

2010年12月31日

政権交代の成果は

今年は、政権交代の真価が注目され、それについて大きな失望が相次いだ年であった。

失望を招いた要素は、普天間基地問題と尖閣問題に集約出来るだろう。

この2つの問題は問題の本質も民主政権の対応も非常に病巣が深いものだが、後者の事件の発生で全社の問題が矮小化、或いは「解決」してしまったことがまた大きな問題だ。つまり、中国という敵の脅威が高まったことを受けて、米国絶対論が高まったことである。中国とはあらゆる次元で関係が異なるものの、アメリカもまた日本自身ではない赤の他人であり、利害が一致するものではないということをすっかり忘れてしまった人が多過ぎる。アメリカに従うことこそが国益と考えるような人が本当に日本人の多数であるならば、日本は独立国の立場を捨てて早々にアメリカの植民地になるべきだろう。もし植民地になるなんてとんでもないと思うのであれば、アメリカを神聖視する考えが如何に愚かか少しは考えてみて欲しいものだ。

さて、民主党政権が世間に失望を与えたことは、自民党復権を望む勢力に口実を与えることになった。しかし報道の論調を見ると、やはり自民党支援或いは民主党引きずり降ろしが主目的であり、あるべき(何が「あるべき」かに拠らず)政策の実現は二の次といったものが多い。
例えば普天間問題では政府と沖縄の間で嘗てない軋轢が発生している。ここでアメリカ信奉論を唱えるのであれば、アメリカの意を全て受けることに転じ、強い姿勢で沖縄の反対を押さえ込もうとしている民主党の姿は、その思想に全く合致するものである筈であり、支援すべき存在の筈。ところが実際の報道では軋轢の発生で政府が窮地に陥った、と言うような記事ばかりで、混乱を楽しんでいるようですらある。君主が御機嫌を損ねているのだからそれを取り繕うのは喫緊の課題であろうに、それより内政の政局の方が優先するという、矛盾した姿勢が見て取れる。
尖閣問題にしても、船長釈放という屈辱的な措置を実施した直後、自民党から「我々なら逮捕せず国外退去処分にした」という、土下座の深さを競うような発言が飛び出した。すると今までは船長逮捕を当然視していた報道が、手を返したように「逮捕して事を荒立てるべきではなかった」となる。民主政権の船長釈放という行為は国を売るに等しい行為ではあるが、一方で今回の事件は中国側の今までにない凶暴な態度により起こったものであり、これまでの自民政権の対応と同一の尺度で評価出来るものではない。増徴する中国に対し自民政権の昔のやり方と同じような対応をしたら、それこそ「尖閣で何をやっても大丈夫」というメッセージを与えることになりかねないが、そのくらいのことを何故考えようとしないのか。恐らくは「自民党こそ正義」という思想がまず第一にあるからではないか。

また、民主党の評判を落とすためにマスコミが小沢問題をしつこく追及し続けたことも絶大な効果があった。世論調査で聞くことは、内閣を支持するかどうかの次に何を差し置き小沢問題。財政再建や景気対策、外交問題といった山積する課題を差し置き、一代議士の経理問題が国家の最大問題らしい。もしここで「政権がまず対処すべき問題は何か」という質問をしたなら、小沢問題を第一に挙げる人は多くはない筈だが、そのようなことをせずに「小沢一郎は問題があるか」という質問をしつこく続けることで、小沢氏、ひいては民主党にダーティなイメージを植え付けることにまんまと成功したわけだ。
民主党はそんな自民・検察・報道一体となっての小沢バッシングを半ば無視する形で、それより大きな国の課題は何かということを国民に問うことで昨年の総選挙に勝利したと言えるのだが、ここへ来て尚も続く誹謗中傷作戦に足を取られ、小沢問題をまず解決せねばという姿勢に突き進んでいる。これは最早自滅行為でしかない。

事業仕分けも当初見込みほどの財源捻出効果が無かったことや、ここへ来て閣僚が官僚に足をすくわれ族議員化していることから、これまた民主バッシングの材料となっているが、自民党政権が続いていれば無駄な事業の存在が公的にクローズアップされることすらあり得なかったということに思いが至らないらしい。

国民の期待を裏切る行為が多発し、対応の不味さでも与党としての未熟さを曝け出した民主党。しかし、それでも政権交代の成果がゼロであったわけではないし、自民党が政権を持つよりはマシであろう。失望させられた政権が来年もそのままの方向性で続くことは悲劇ではあるが、自民党が与党に返り咲いてしまうことはその比ではない惨劇だ。巷間政界再編も噂されるが、それがこうした閉塞状況を打破できる唯一の方策なのか、それとも他の策があるのか。何も策がないのであれば、自民党が利権政党の低をなさなくなるほどに弱体化するまでは民主党に頑張って貰うしかなく、国民としてもその体たらくを甘受することが次善の策なのだろうか。
22:52 | Comment(0) | 社会

2010年12月23日

ホテルヒーロー廃業

地元でもない土地の物凄くローカルな話題ですが…

帯広駅前にあるホテルヒーローが今年一杯で廃業し、その土地建物をJR北海道が引き継ぐことになったそうだ。

十勝毎日新聞の記事 道新の記事

記事にもあるとおり帯広駅前はビジネスホテルが乱立していて、見るからに過剰供給が心配になる光景だ。また、駅高架化に伴う区画整理で、比較的新しい物件が多いことも特徴。そして過剰供給から来る過当競争なのか、温泉を引いた大浴場がこの辺りでは標準にすらなってしまっている。

泊まったことはないものの、ホテルヒーローは一風変わった名前なのでちょっと気になっていたのだが、この競争からの脱落組になるとは。
2000年に再開発に伴い現在地に移転したため、今年で10周年。これを受けて「10周年特別感謝料金」なるものが設定され、それが閉鎖日より先の来年6月30日まで設定されているのが痛々しい。
しかし、これは安い…。一度泊まってみたかった。

さて、これを買い取るJRだが、そもそもホテル側からJRに売り込みに行ったというから、JRによほどの覇気を感じていたのだろうか。それとも地域で他にホテルを営めそうな有力企業が無いからJRしか無かったのか。既に帯広に出店していて競合するという条件で良いなら、帯広起業のパコもあるのだが。

JRは比較的新しい建物を買い取り、従業員もホテル名称も引き継がない方針というから、比較的リスクの低い買い物と言えよう。現在JR北海道が運営しているホテルは、当地で競合する日航ホテルとの提携であるノースランドであったり、或いは顔が見えにくい旭川ターミナルホテルであったりと、JR北海道ブランドがいまいち確立されていない。このような状況で、買い取った物件にどのような名称を与えるのか、興味深いところである。
23:58 | 社会

2010年12月17日

諫早開門判決に対する対応

諫早湾干拓事業の潮受け堤防の開門を命じる二審判決を受けて、菅首相が上告を断念する判断をした。

漁業関係者と入植営農者の利害が衝突する案件である。これを受けた各紙の社説を見ると、毎日、中日はこの政治決断を評価しつつ、入植者への影響も考慮せよという無難な論調。これに対し讀賣はやはり政権批判を前面に出し「見切り発車」とこき下ろしている。しかしながらその讀賣は、判決が出た際の社説では、両者に悪影響のない判断をという中庸な論説だった。この様子では仮に政権が上訴の判断を下したとしても批判したことだろう。そもそも絶対権力者である社主と自民党トップが並々ならぬ関係である組織だ。中立的な論説など期待出来る筈がない。

さて、開門で原告と逆に被害を受けるとされる営農者だが、これはどうなのか。

そもそも長崎県には5000ha以上の耕作放棄地があるという。干拓事業で生み出された農地は約800haなので、わざわざ作り出した土地の6倍以上が既に遊んでいるわけだ。そして今年はその耕作放棄地を解消しようという決起大会をあろうことか諫早で実施したとか。

北方領土にロシア人を移住させてロシア領とする詭弁を弄する材料とするのと同様、造成地に入植者を送り込むことでこちらもまた漁業関係者に対する抗弁材料としているのではないか、という疑念が沸く。

調べてみると、農地は基本的に貸与で、賃料は10aで年間2万円、但し最初の5年は15000円らしい。農地の賃料の相場がさっぱり分からないのでざっと調べてみると、九州の資料を探し当てることは出来なかったが、上田市で6000円、一関市で3000円から15000円など(諫早に合わせて畑地の金額。水田はもっと高い)。こうしてみると破格の条件を提示して入植者をかき集めたというわけではないように見える。長崎は平地が少ないので農地も条件が悪いところが多く、多少割高でも真っ平な土地が使えるとなればそちらを希望する流れになるのかも知れない。

尤も、こんな簡単な調べでばれるような優遇策を施していては忽ち批判されることになるから、秘密裡に手を打っている可能性も捨て切れない。

それはそうと、耕作放棄地が大量にあり、しかもその活用を喫緊の課題としているくらいなら、やはり批判を受けながら強行した干拓地をまず使おうとするのは順序が逆であろう。

また、長崎県知事が農水大臣の面会を拒絶している。これは八ツ場ダム中止が謳われた後の長野原町の対応と相通ずるものがある。議論を通じて自己主張をするのではなく、ゴネを貫き通す我侭な姿勢だ。尤もこれは、長野原のこの身勝手な姿勢を後押ししたマスコミ各社も共犯だし、これに折れて中止判断を凍結してしまった政権のだらしなさも、その手法の有用性を見せ付ける結果となってしまったことが大きい。

入植者が営農を開始したのは去年だ。一方一審判決が出たのは2年前。その時点で判決に従う判断が出ていれば、入植者が「被害」を叫ぶこともなかった筈だ。その時点では政権交代が実現していなかったから無理な注文だが、兎に角時間の経過が被害を大きくする好例である。

今後の開門で農地に影響が出るのであれば相応の補償が必要ではあろう。しかしながら入植者もこの土地がこのような曰くつきの場所であることは先刻承知の筈。例えば空港が既にある地域に後から移住すると「危険への接近」という理論で騒音被害の補償が認められないが、このような場合も似たような「過失責任」をある程度求めてもいいのではないか。

国の行う公共事業だから絶対安泰だ、という判断で入植したのだとすれば、確かに今までがそうだったから一理あることではある。しかし、それではいけないということで起きたのが政権交代であり、今回はその数少ない実績となろうとしている。それに伴って却ってコストが増大するような場合もあるだろうが、そのコストを国民全体に求めて逆に関係者には求めないのでは理屈が通らない。
00:36 | Comment(0) | 社会

2010年08月30日

新宿スバルビルを小田急に売却

富士重工業の本社ビルである新宿スバルビルが小田急電鉄に売却されることになった
2001年を迎えるまでは「21世紀時計」なるものを設置して人目を惹くなど存在感は大きかったものの、新宿西口ロータリーに面した超一等地の立地にも関わらず商売っ気が非常に薄く、建築年を考えれば致し方ないが低層なので空間効率も良くない。こんな土地の使い方は実に勿体無いが、富士重工はデベロッパーとは凡そかけ離れた業種なので、自ら再開発を企図するより売り払うのが賢明という判断になったのだろう。
尤も、スバルビルをして商売っ気が薄いと書いたが、西口のビルは駅前から高層ビル街に至るまで似たような傾向で、近年の再開発地区に見られるような集客力が全く無い。最近建ったモード学園の地下にブックファーストが入居したのが多少インパクトになっている程度だろう。そんな状況なので、買い物客は駅前からロータリーを半周する価値も無いほどだ。
売却しても富士重工は恵比寿のビル建て替えが完了するまでの3年ほど引き続き賃借して入居を続ける。その後この築40年以上のビルを建て替えることになろうが、この3年の間にどのようなプランを打ち出すのだろうか。
その頃には新南口バスターミナルも完成し、更にその上のビルの建設も本格化しているだろう。これが新宿地区への流入増加に繋がれば良いが、単に域内での客の奪い合いになるかも知れない。いずれにしろ、競争に負けない魅力的な再開発が求められる。
まさか、小田急の本社をこっちに持って来て終わり、なんて詰まらないことはしないだろうが…。
23:59 | Comment(0) | 社会

2010年08月19日

本厚木駅前の取締り

本厚木駅前の道路は朝夕のラッシュ時は一般車通行止になっている。
このため、時々警察が取締りを行っているのだが、これが実に陰湿だ。
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写真のようにパトカーの後ろに白いワゴン車(これも警察車両ではあるが)を置いてパトカーを見えなくし、警官も車両の陰に立つことで、進入車両に取締りを気付かれないようにしている。そして、うっかりこの道路に入ってきたら御用というわけだ。
スピード違反の取り締まりでも道路合流点の物陰に白バイが潜むという方法がよく見られる。ところが津々浦々の道路で遍く守らねばならない速度制限と違い、こちらはピンポイントの規制である。恐らく警察は「取締りをいつどこでやっているか分からないようにすることで、全体の抑止力にする」みたいな詭弁を弄するのであろうが、このようなピンポイント規制を守らせるためには有効ではない。ここの道路標識は特段見難いということはないが、それでも一般的な規制ではないために誤って進入する車も少なくないと思われる。もし本当に規制を守らせたいのであれば、道路の入口に警官が立って誘導を行うべきだ。
駅前を通行止にする理由はバスとタクシーの運行をスムーズにすることであり、そのためには一般車の流入は兎に角阻止すべきものであって、違反車を取り締まるというのは対症療法に過ぎない。ところが実際は、この規制区間に警察車両を駐車し、更に「獲物」を多数路上に並べて処理を行っている。これこそ交通の阻害要因だし、逆にこれが阻害にならないのであればそもそも通行規制は必要ないということになる。結局、警察の娯楽である弱い者いじめの手段として使われているようにしか見えないのだが、どうだろうか。
そういえば、先日会社に厚木署の課長が交通安全公演と称してやって来た。話の内容はまぁまぁなのだが、実に態度がでかくて不愉快だった。
00:21 | Comment(1) | 社会

2010年08月06日

在日米軍の宣伝漫画

進駐軍が宣伝工作のために漫画を作ったそうだ。

軍の広報漫画というとこれ(一番下の3つ)を思い出してしまうが、そちらが如何にもお子様向け漫画に徹したという画風なのに比べ、今回のは「萌え」を意識しているように思う。まぁ眼鏡の時点で萌えないけどな。

…ってのはどうでも良くて、このようなものを作成するということは、対日外交は全て恫喝で済むと思っている(そして残念ながら政権交代が起こってもそれは事実であり続けている)アメリカが、実は陰では日本国民の理解が得られていないことを危惧しているということではないだろうか。

読んでみたが、日本国民に在日米軍が同意されない一番の理由である筈の、日本の市街地に危険な基地を押し付けていることへの「合理性」は案の定全く語られていない。合理性が無いから説明出来ないのだろう。それ以外の抽象的な建前を並べることによって相手をはぐらかして納得させようという、日本の役所と同じような手口だ。

アメリカが安保体制の護持に危機感を持っているとすれば、それは民主党政権を屈服させることに成功しても沖縄県民の怒りを鎮圧することが出来ないことだけではなく、アメリカの原罪である核兵器の存在を否定する方向へと世界が動きつつあることにもあるのではないか。即ち、日本はアメリカの核兵器による大量殺戮の被害者でありながら、現在はその核兵器によって国家の安寧が担保されていることになっている。これにより、国民レベルは兎も角として、政治レベルでは核兵器を有用なものと見做させ、広島長崎の大罪を日本側が一方的に批判・否定出来ないような構図を作り上げてきた。ところが世界は核軍縮へと動こうとしている。もしそれが現実になると、「核の傘」に代わって「通常兵器の傘」となり、日本にとっては核兵器は日本国民を殺戮した悪魔の兵器というだけの存在となり、否定機運が尚更高まる。そうするとお人好しの日本人が今までは単純に戦争の再発を否定するに留まっていたものが、無差別大量殺戮という加害責任を追及する機運となる「恐れ」がある。そうなってはアメリカは最早「同盟国」の地位は安泰ではない。

アメリカの走狗と化した日本のマスコミは皆揃って日米同盟の危機と騒ぎ、アメリカ様の御機嫌を取らねばならないと必死になっている。しかし実際には日本がそう騒ぐ以上にアメリカの側が日本の機嫌を取らねばならないと考えているのかも知れないのだ。そうだとすればこれは日本にとっては不平等条約を正常化するチャンスと言える。だが、そのような観点からの論評が果たして存在するだろうか。民主党政権の変節には失望したが、このようになってしまったのは交渉相手だけではなく、身内である筈の国内(マスゴミ)からも日米関係を悪化させるなという国賊的な声が相次ぎ、四面楚歌に陥り政権が萎縮してしまったのが一因と考える。国益とはアメリカ様の国益のことと考えるような小泉式の奴隷根性を捨てた、全うな思考を持った全国紙の登場を望む。
02:32 | Comment(0) | 社会

2010年07月13日

山陰線

予想されたとおり、民主党が敗北した。

原因は首相の消費税発言とよく言われる。そしてそれは一般市民が近視眼的なので目先の負担に反対するからだという言い方もされるが、これは違うだろう。
まず、一般市民にとって景気は全く良くない。従って、思考的に近視眼的なのではなく、実際問題としてそんな先のことまで慮る経済的余裕がないということも大きい筈だ。極端な話、日本の勝利のために玉砕する覚悟があるかということで、幾ら将来の日本が良くなったとしてもその前に自分の人生が終了してしまっては元も子もない、と考えるのが普通だろう。
もう一つの問題は、「民主政権は発足から日が浅いので結果を判断するには早い」という意見の裏返しである。自分としても基本的にその意見には同意したいのだが、そのためには途中経過が芳しくなくとも初志を貫徹しようという意欲が見られなくてはならない。ところが、普天間問題では「結論が出せない」状態であればその理屈が通ったところ、早々にアメリカに白旗を揚げて国民を裏切ってしまった。今回の消費税増税も、役所の無駄を完全に搾り取るまでは増税論議はしないと言っていた人が、首相になるや否やそちらの論議はおざなりに消費税論議である。仮にいずれは増税が必要だとしても順序が違うだろ、というのが大方の意見ではないか。

一方、議席の上では自民が増えてしまったが、得票数を見ると比例区、選挙区とも民主の方が多い。前回参院選と比較すると、民主は確かに得票を減らしているが、実際は自民も一緒になって減らしている。残念ながら権力構造としては議席の数がものを言うから、自民が信任を得たとする論調は間違いとは言えないものの、実際の民意との乖離はある。それこそ「ねじれ」だ。
このような結果になった原因は議席配分の田舎優遇にあることは論を俟たない。例えば鳥取ですら1人の議席が割り当てられていることからすると、人口比例配分すれば東京や神奈川は実際の定数の4倍のそれぞれ20人、12人より更に多くしないと引き合わない。こうした田舎優遇が行われているところで、相変わらず田舎では自民支持が厚く、都市部では民主が支持されるという構造であるから、実際の票の数以上に自民議席が増えるという結果になる。
実はこの構図は絶大な人気を誇ったことになっている小泉政権の頃ですらよく見られたもので、勿論その頃の与党にとってみればこのような不均衡は権力維持装置のようなものであるから是正の機運は乏しかった。しかし現在は立場が逆なので、これを機に「一票の格差」の抜本的な是正策が論じられることを期待したい。しかし議員が多過ぎと批判される中で都市部の定数を増やすわけにはいかず、一方で人口が少ない県の定数はこれ以上減らしようがない。そうすると複数県を纏めた選挙区とするしかないだろう。道州制導入がこの観点で役に立つことになるかも知れない。

尚、2人区では小沢氏が推進した2人擁立が「失敗した」と評される。確かに2人当選が出来なかったという意味では成功ではないが、2人目が落選したに過ぎないわけで、1人しか擁立しなかった場合と結果は変わらない。費用などが無駄になったという意味では「失敗」かもしれないが、議席を却って減らしたかのような論調は間違いだ。

今後の政局はどうなるか。民主の(去年の段階での)理念に比較的近い政党として社民党、共産党があり、取り敢えず言っていることは正しいと思うみんなの党と合わせれば過半数になる。連立は無理と言われているが、むしろ連立せずに政策毎に摺り合わせを行う方が、緊張感が生まれて良いのではないか。
ただ、みんなの党は自民と袂を分かってから日が浅いこともあり、個人的には今ひとつ信用出来ない。

連立与党である国民新党は自民党以上に自民党的な人間の集団であり、民主政権にとって癌としか言いようのない存在だったところ、今回は議席0となった。発言力の低下は好ましいことと言えるだろう。
一方、たちがれ日本と新党改革は芳しい結果とならなかった(誰からも期待されていないのに1議席ずつ得られてしまったのがむしろ意外であり残念だが)半面自民が堅調だったことから、これらの政党は早晩自民に再合流するだろう。そういう節操のない連中の集まりだから。
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2010年05月29日

日本はいつまで敗戦国の辛酸を舐めねばならないのか

普天間基地の移設先が、結局原案回帰で「決着」してしまった。
今までの政権の「迷走」は、場合によっては裏にしたたかな策略が潜んでいるのではないかとも思ったのだが、ここまで来てしまうと見た目通りの迷走だったと考える外なさそうだ。

福島氏が筋を通して署名拒否を貫いたことは素晴らしい。これが事態を変えるどれほどの力になるとも思えないが、村山政権樹立で権力の亡者と化した汚名を漸く雪ぐことが出来たのではないか。また、これに対し罷免という滅多に無い厳しい処分で対処したことの「異常さ」が印象付けられることで、それが即ち今回の日米合意が国民の理解を得られていないものであるということが今後も強く意識される効果があれば、ある意味一歩前進である。

一連の動きの中で、鳩山首相の最も許し難い発言は「学ぶにつけ、海兵隊の抑止力の重要性が分かった」というものだ。これは自らを認識の浅い人間と恥を晒しているだけに留まらない。首相がそれまでそうだったのと同じように今も米軍基地の県外・国外移転を唱える者に対して、これを不勉強だと侮辱していることになる。
在日米軍の抑止力とは何か、それが本当に日本にある必要があるのか、専門家の間でも意見が分かれる問題だ。ある記事によると、首相は野党時代は、在日米軍不要と説く学者の意見を汲んでそれを訴えており、アメリカ側も野党の言うことだから影響は無いと反発しなかった。ところが政権を取ってしまうと、アメリカとしてはそうした主張が現実になってしまう恐れがあるので、一転それを袋叩きにし始めた。すると首相はこれに怖気づき、米軍基地必須派の学者に「乗り換え」てしまったという。事実なら何とも情けない話だ。

しかし、これが首相擁護の理屈になるとは思わないし、またしようとも思わないが、国内にマスコミを中心とした売国奴がはびこっており、あたかもそれが主流の意見であるかの如くに錯覚させられそうな状態であったため、政権が「民意」を読み誤った面もあるかも知れない。「売国奴」というのは勿論、アメリカの意向には絶対服従して、御機嫌を損ねてはならないと唱える、産経や讀賣に代表される連中のことである。あるシンポジウムで讀賣の記者が(この際の話題は基地問題ではなく、毒ギョーザ事件だったが)いみじくも「国益や国民の利益」という発言をした。つまり「国益」と「国民の利益」は違うものだということだ。讀賣の言う「国益」とは「アメリカの利益」であるから、日本国民の利益と一致する筈がない。そのことを言外に認めたようなものである。
産経や讀賣が売国奴であったのは今に始まったことではないが、それ以外のマスコミも、特に民主政権になってからは政権を叩くことこそがマスコミの使命と履き違えたのか、政権の主張つまり基地の県外・国外移転に反する主張が正義と考え、「抑止力」を具体論もないまま金科玉条として振りかざした。民主政権にとっては四面楚歌と言える状況であったわけだ。勿論、政治家たるものこのような謀略に負けるようなひ弱な人間では駄目で、それを跳ね除けて信念を通すことが求められるわけだが。

先日は知事会が招集され、「基地負担を分担して欲しい」と首相が訴えるもまるで相手にされなかったという報道があった。これは専ら首相の体たらくをあげつらう材料として報道されているが、このほぼ全ての知事が受け入れを拒絶する光景から分かることは、つまり米軍基地は日本国内で受忍される存在ではないということだ。唯一受け入れ検討を表明した橋下知事にしても、本当に大阪に来る可能性は無いからこそ大きなことを言って見せたという見方も多いし、実際にも沖縄以上の人口密集地が連綿と続く関西に基地機能を新たに置くというのはこれまた道理が通らない。

アメリカは現行案の変更の条件として「地元の理解が得られること」を言っていたが、現行案に限っては地元の理解は不要らしい。全く支離滅裂であるが、この国に道理を求めること自体間違っていよう。
しかし、今回の「決着」が大きな禍根であるのは、政権交代をしても尚、アメリカの旧来の対日姿勢である「恫喝」が極めて有効だということを示してしまったことだ。アメリカはこれに味を占め、今後も日本に無理難題を要求し続けよう。

しかしながら、自民党政権では政策に反対する地元民を押さえつける方策が実に陰湿であった。金で釣るなどして協力者をこっそりと少しずつ増やし、そういう過程を踏むことで地域に相互不信を根付かせ、心身ともに疲弊させる。民主党になってからはそのようなことはなかったからこそ、基地反対のうねりが嘗て無く盛り上がったとも言える。この圧倒的な声を強権的に排除して基地の沖縄県内固定を強行出来るのか。今やそれが可能な時代ではないだろう。結局国外移転するより無い、説得すべきは国民ではなく米国だ、ということに政権が(その時の政権が民主党であるかどうかは関係なく)気付く日が、遠くない将来にやって来ることを願いたい。
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2010年05月17日

エプソンの「カートリッジレス」プリンタ

エプソンがインクカートリッジが無いプリンタというものを売り出すらしい。

例によって念仏のように「環境負荷低減」とあるが、このような仕様を考案した真の目的は非純正補充インクの排除だろう。しかし純正インクしか使えないようにして割高になるばかりでは支持が得られないと考えて、従来品よりはランニングコストを低くしたものと思われる。それでも従来品で非純正インクを使うより安い、とまでは行かない筈だ。

そして、その排除作戦のキモである「インク補充サービス」はどうだろう。いちいちプリンタを丸ごと引き取って貰い、(その間代替品が提供されるものの)それなりの日数を掛けてから漸く補充された品が届く。これはかなり鬱陶しいのではないか。確かに自分でインク交換作業をしなくて済むので楽だと考える人もいるかも知れないが、頻度の違いがあるとは言えカートリッジを交換するよりプリンタの配線をいちいち外して本体を動かす作業の方がやはり面倒ではなかろうか。

ということで、ユーザーにそれほどメリットがあるように思えないのだが、どれほど売れるだろうか。
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2010年05月12日

デフレ叩きの恐怖

最近、デフレ悪玉論がかまびすしい。ある評論家に至っては「私が今まで唱えていたデフレの悪さを漸く世間も気が付いた」とご満悦である。とんでもない話だ。昔からデフレを好意的に捉える論調など、まず聞いたことが無い。むしろ、必ずしも同義ではない「値下げ」と「デフレ」を同一視し、値下げを即デフレ即ち悪として叩く論調が増えていることこそ、最近の傾向だろう。

そして、安値で物を売る店を批判し、値上げこそ美徳のように言う。果ては消費者の声として「安いのは心配だ」などと言わせる。マスメディアが一丸となって消費者を洗脳し、過剰な支出を促そうとしているようにしか見えない。

小売価格の引き下げは、その商品の製造過程で発生する費用を過剰に切り詰める結果、それに関わる労働者の賃金を不当に切り下げることになる。それは安値を求める消費者自身へのしっぺ返しとなる。だから高いものを買わなければならない。これが現在流行の「デフレ悪玉論」(正確には「値下げ悪玉論」)の端的な内容だ。

しかし、とんでもない話である。

まず、百歩譲ってこれが正しいとしよう。しかし、このような循環が一周するにはタイムラグがある。例えば消費者が進んで高いものを購入すれば、即その場で自分の給料が上がるわけはない。当然のことながら一番最初に行動を起こした人が、その効果の波及を受けるまでに一番待たされるわけであって、この場合は一番損をすることになる。これはループのどの位置の者であっても同じことだ。では、その貧乏籤たる役割を、何故一番立場の弱い、貯蓄は減少傾向にあり、給料も年々切り下げられる消費者に押し付けるのか。小売業の卸元に対する不当な価格切り下げ圧力がけしからんと言うのであれば、そこをまず叩くべきではないか。

次に、そのような価格切り下げ圧力は、「デフレ」だから起きるというものではない。もっと正確に言うと、インフレに転じたからと言って弱まるとは限らない。品物が同じなら、その市場価格がどうなろうとその途中段階での価格交渉の力関係が変化するものではない。上流側つまり大抵において弱い側は、常に値下げ圧力に晒されることになる。物流業界が、高速道路や燃料が値上げになっても運賃に転嫁出来ず、値下げになれば値下げ分以上に運賃値下げを要求されると嘆いている構図が典型的だ。単純に小売価格を引き上げる方向にトレンドを持って行っても、小売業の利鞘を増やすだけの結果となりかねない。

そして、昨今の情勢として叩かれている「デフレ」が必ずしも正しくないということが重要だ。

「デフレ」魔女狩りの標的としてよく引き合いに出されるのがユニクロと牛丼だ。この2つを見てみよう。

まず、低所得階級なら実感頂けるだろうが、ユニクロは実はちっとも安くない。本当に安く衣料を手に入れたければ他に幾らでも店はある。勿論品質も相応なものであるが。
そして、ユニクロが低価格戦略を取っていることが「問題視」されているわけだが、確かにユニクロレベルの品物の値段の引き下げにはなっている。しかし、それよりも「安物」の値段は別に下がっていない。昔からの値段が既に底値なのだ。これは衣料に限らない。食料品や日用品の価格で言えばイトーヨーカドーやジャスコが引き合いに出され、その値下げ戦略が報じられる。ところがそれすら高くて手が出せないと思わせるロヂャース顧客にしてみれば、ロヂャースの価格は殆ど変わっていないのだから実感は無い。
つまり、世間全体で無理な価格切り詰めを行っているというより、中流価格帯の事業者のコスト構造が低目に移動しただけということだ。それに、原料価格の値上がりなど様々な理由をつけて、価格が上昇している品目も少なくないことを忘れてはならない(こうした価格上昇は前提理由が消滅しても解消しないことが多い)。

そして牛丼。大手3社の決算発表が出揃い、吉野家一人負けであることが大きく報じられている。そして、すき家と松屋の値下げ合戦が消耗戦だと批判的に言われる。
しかし、すき家・松屋の価格はBSE騒動前の水準に戻ったに過ぎず、当時をダンピングだと騒いだりしなかったことを考えれば、現状も何ら異常な状態ではない。吉野家が値下げしない(出来ない)のは供給の少ないアメリカ牛に拘るという実にくだらない意地を張っているからに過ぎず、吉野家の高価格が適正水準なのではない。

兎に角、立場の弱い消費者が高邁な自己犠牲の精神で割高なものを買うようにしたところで世の中が良くなるとは限らず、逆に小売を増長させることに繋がりかねない。あくまで安い(「品質の割に」であっても良い)ものを追求するのが余力の無い我々のあるべき姿だろう。
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2010年04月29日

赤プリ廃業

赤坂プリンスホテル…だと思っていたらいつの間にかグランドプリンスホテル赤坂に名前が変わっていたホテルが廃業するという。
外資系の攻勢に負けたと表現されているが、近所に有力な新規大型ホテルは無い。赤坂というより東京全体での競争激化に負けたということだろう。赤坂の場合はすぐ隣にニューオータニがあるので、差別化戦略にとりわけ苦しんだのだろうか。

意外なのは、1982年竣工の新館が取り壊されるということ。経年の浅さも勿論のこと、このような高層建築が解体されるというのは国内ではなかなか例の無いことだ。閉鎖後の用途は未定というが、どのような用途になろうとこれだけのランドマークを活かさない手は無いだろうし、解体して新しいものを作るのは如何にも勿体無い。
と思うのだが、新館は丹下健三の建築だ。丹下建築というと出身の東大では神聖視されているが、新旧都庁に代表されるように雨漏り建築だとか維持費が掛かるとかで評判が悪いものが多い。実はこの建物も、見かけによらず細部はボロボロで寿命なのだろうか。
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2010年04月28日

マックの新店舗

マックが一部店舗を改装するという話は聞いていたのだが、どういう内容か知らなかったので、いざリニューアルが完成したとの報道を見て吃驚した。

それは、他店と全く同一の品物を他店より高く売るということ。リニューアル店舗は既存店舗よりゆったりしているらしいが、商品に附加価値を持たせず、完全に場代を転嫁しているわけだ。これでは結局単なる値上げに見える。マックといえば客単価を上げようとして値上げしたところ覿面に来客が減って減収となり、慌てて値下げという、分かり易くもくだらないことを繰り返してきた。昨今は安いメニューを置きつつ高附加価値メニューも出すという方針で安定したように見え、収支も上向いているからその路線で行くのかと思いきや、また以前の迷走に戻るのでは…。

更に、渋谷地区を集中的にリニューアルしたというから、これは渋谷地区を値上げしたようなものである。

取り敢えず客の入りはいいらしいので経営的には成功なのだろうが、このように地域集中でリニューアルを実施するとなると、低所得層は当該地域での食事が困難になってしまう。大体のものは金持ち相手に吹っかける商売をした方が楽だし儲かり、そしてどんな不景気でも金持ちというのはそれなりにいるものだからそういう方向性になってしまいがちだが、何とも迷惑な話である。

…と思ったが、株優の価値が変わらない限りは値上げによって市場価値が上がる可能性があるから、株主としてはプラスだろうか?
00:14 | Comment(0) | 社会

2010年04月23日

普天間問題

最近全然更新して無いので、ちょっと書く。

小浜大統領が鳩山首相に向かって「(普天間問題は)きちんと実現できるのか」と言った、これはオバマが信用してない証拠だ、と讀賣が報じたが、後になって首相や外相がこの発言を否定した。「駐日米大使が顔を真っ赤にして怒鳴りつけた」や「クリントンが駐米に本大使を呼び出した」に次ぐ誤報或いは捏造であった可能性が高くなった。

毎度のことだが、「誤報」は大々的に報じられる一方、それが間違いであるという続報は実に扱いが小さい。よほど注意深く記事を読まない限りは、大きな第一報だけを真実と思い込まされ、マスコミの情報操作に引っ掛かってしまうことになる。実に危険なことだ。

さて、海兵隊の徳之島移設案が取り沙汰され、徳之島では反対運動が盛り上がっている。反対するのは当然のことである。
マスコミはこれもまた民主党叩きの格好の材料として使っているが、非常にレベルの低い話である。徳之島の反応から、海兵隊というものは何処にとっても迷惑施設であるということ、従って沖縄に押し付け続ける不合理にこそ目を向けねばならない筈だ。徳之島案というのがフラフラと出てくるところに現政権の稚拙さが見えてしまうという点は否定しないが、それではそのような迷惑施設をやはり名護に押し付けることがベストと言うのだろうか。マスコミの態度から見えるのは、「兎に角民主を叩けば良い」「アメリカ様の御機嫌を伺うことが第一」という、自民党かアメリカかどちらか知らないが、そういった連中の工作機関に成り下がった姿である。

さて、徳之島が海兵隊移転に反対するのは当然のことだと思うのだが、一方で気になる点がある。政府関係者の現地入りしての会談を断固拒絶するという態度だ。自民党政権時代に地域にマイナスとなる政策が打ち出されて、その説明に閣僚なりが来るとなった時、それを追い出すなどということがあっただろうか。昨年の長野原町の同様の我侭が、批判されるどころか反民主一色だったマスコミによってむしろ「好意的に」扱われてしまったことで、民主党に反対するためなら何でもあり、という風潮が生まれてしまったように思える。

マスコミの捏造報道も厭わない執拗な民主党バッシングが功を奏して、鳩山政権や民主党の支持率は下がっている。しかしそれが自民支持に結びついていないのは忸怩たる思いであろう。如何に民主党が信頼を失おうとも、それは自民政権が信頼を失うのとは違う。自民の時代には民主党の手腕が未知数であったからこそ対抗馬になり得たが、現在民主に失望したからと言って、日本を破壊した前科がある自民党、そしてそのことの記憶が新しい国民にとってはそれがその批判票の受け皿にはなり得ない。民主党のネガティブキャンペーンばかりでなく、今後どのように自民党の魅力を捏造するかが、今後のマスコミの手腕の見せ所だろう。
01:07 | Comment(0) | 社会

2010年03月11日

ホリエモンの資産差し押さえ

株主訴訟の賠償のため、ホリエモンの自宅に差し押さえの強制執行が入ったという話

記事だけ見ると強制執行に対してホリエモンが愚痴っているようにしか見えないが、当のホリエモンのブログを見ると、そんな浅薄な話ではないことが分かる。

まず、LDHとホリエモンの間で和解が成立していて、今回のような賠償責任等はLDHが全て負うことになっているということ。勿論第三者側からすれば表向きは関係の無い話で、取れるところから取ればいいということになるのだが、ホリエモンは取られた分はLDHから弁償を受けることになる。

次に、LDHではなく見た目の資産がそれほど無いホリエモンの自宅に優先的に差し押さえに入ったという点。原告側の「懲罰」意識からホリエモンの資産を差し押さえろという要求があったのではないかと本人は見ているようだ。まぁホリエモンも億万長者だから自宅に金目のものが幾らでもあると思ったのかも知れないが、実際には大したものは無く、当てが外れた様子。こうなることを見越して自宅は質素に「偽装」していたのかも知れないが。

そして、強制執行官にTBSのテレビクルーが「同行」していたという点。小沢問題で散々話題になった「リーク」がここでも臭う話となっている。もしリークでなければ、担当記者がこれだけのために(若しくはあても無いのに何かが起こらないかと期待して)ずっと地裁に張り付いて「動き」が起きるのを待っていたことになる。それを行っていた当人に言わせれば「血を吐くような努力」なのだろうが、客観的に見れば外回りの営業が喫茶店でサボっているのと大して変わらない。やはりマスコミは質の高い仕事はしていないと思わせる話である。

以上のことから、記事にあるホリエモンの発言が単なる逆恨みではないことが分かる。
そもそもこの裁判は、通常なら株主責任が全面的に問われるのに、今回ばかりは「株価が下がったから補償しろ」という要求が通ってしまったという、極めて不公平な事態だ。今はホリエモンを「魔女狩り」した自民党の時代ではなくなったのだから、ここも変化が起きて欲しいものだが。


…以上のことは昨日深夜に上記ブログを読んだ内容を元に書いたのだが、改めてブログを読んでみると記述が一部削られている。有料メルマガに内容を移植したのだろうか。流石はこすっからい商売人だ。
23:46 | Comment(0) | 社会

「核持込密約」問題

有識者委員会の報告書で、「密約」の存在が認められた。

具体的な成果に乏しいと言われている民主党政権にとって、事業仕分けに次ぐ目立つ成果と言えよう。尤も、その内容は公然の秘密であったわけで、今回の報告書は分かり切っていた内容、言い換えれば最低限の成果であるとも言えるが。

この報告書を受けて次をどうするか。政府の外交戦略のみならず、色々とすべきことがある。

まずは、国民を欺罔し続けて来た自民党と外務省を断罪することだ。冷戦下では密約は止むを得なかったという主張も存在するが、少なくともそれが終わり、アメリカの核戦略も変わり且つあちら側から密約の存在が公になった90年代以降の国の態度は明らかに許されるものではない。世紀の不人気宰相2人組が「密約は招致していない」と白を切っているが、それが真実なのかどうかの追及もすべきだろう。実際に歴代首相の参考人招致も検討されているというが、どんどんやって、自民党がどのような苦しい弁明をするかを国民に聞かせるべきだ。この問題は過去の問題ではなく、その問題を引き起こしていた政権を担当していた者が、まかり間違えばまたすぐに権力を握ってしまう場所にいる。従って現在の問題としてしっかり検証しなければならない。
また、外務省の文書管理体制が問題になっている。「杜撰」という表現で批判されているが、報道されている内容を見る限り都合の悪い文書を故意に廃棄したとしか思えず、「いい加減」であることよりはるかに悪質だ。
更に、過去の文書を公開する「30年ルール」も悉く反故にされているが、この理由として「現在に至るまでの懸案事項に繋がる内容もあるため」としている。これはとんでもない話で、外交問題がこじれればこじれるほど文書を秘匿する口実が出来てしまう、言い換えれば、問題をこじらせることで文書を隠すことが出来ることになる。これでは外務官僚が私服を肥やすために売国行為を行っていたとしてもそれが明るみに出ることは無い。
中には出してしまうと外交戦略上不利になる情報も本当に存在するのかも知れないが、そうした潜在的(どのような情報が隠されているか不明なので)リスクより外務省の現状の秘匿体質の方が遥かに国益を害している。例外を認めず30年ルールを完全に適用して全ての文書を出させるくらいの荒療治が必要ではないか。

一方で報告書では、佐藤栄作邸に死蔵されていた文書を密約の効力は無いとするなど、一連の「疑惑」の一部は密約とは認めなかった。有識者委員会座長の北岡教授は米国寄りの人物とされ、これを座長に据えたことが、今回の密約調査の件も含めて鳩山政権を「反米」と非難する米国側への配慮とも言われる。しかしそのことが密約認定に甘さを残すことに繋がったとすれば残念だ。これについては共産党が早速疑義を唱えており、国会での論戦に期待したい。

自民党や自民寄りの新聞からは「非核三原則を見直して核兵器の持込を認めよ」という噴飯ものの主張が出ている。今までの密約の否定論理が破綻したことによる破れかぶれの主張としか思えない。実際に産経の記者が岡田外相にこれを質したようだが、外相は「貴方の意見が個人のものか新聞社のものかは分からないが、意見として受け取る」と答えたという。この言い回しは産経を正面から相手にしていないようにも聞こえ、小気味良い。

さて、この問題では毎日新聞にとりわけ頑張って貰わねばならない。毎日新聞の元記者である西山太吉氏が密約の暴露で罪に問われたことは、現在にも繋がる問題だ。毎日新聞は他人事のように西山氏に対するインタビューを行い、その一問一答を掲載するに留めているが、権力監視期間として崇高(と思っていることだろう)な自社の戦力を国家権力の横暴により失ったことに対する怒りは無いのか。問題の更なる追及を先頭に立って進めることで西山氏の名誉を回復するくらいの気概が無ければ、「権力監視機関」としての存在意義が問われる。
00:40 | Comment(0) | 社会

2010年03月06日

ESTA有料化

札幌駅ビル…じゃなくてアメリカの電子渡航認証システムが有料化されるようだ。10ドルというのを現在の為替レートで890円とか900円と報じているが、感覚としては1000円だ。更に、これを15ドルまで引き上げることも可能なように条文には書いてあるそうだ。

有料化の根拠法の名前が凄い。「旅行促進法(Travel Promotion Act)」。旅行者に余計な負担を求めて「促進」になる筈が無い。「障害者自立支援法」と謳って障害者の負担を大幅に増やしたどこかの国のようだ。

この法律制定の背景は、不況等による米国訪問旅客数の減少で関連産業の雇用が減少したことから、その救済としての「公共事業」として観光振興のための組織を設立するため、運営費の調達を行うということだそうだ。必要性に疑問符が付く事業を創出して後から資金を工面するなど、これまたどこかの国のようだ。

日本のみならず欧州からも再三懸念が伝えられているにも拘らずの法案成立であるから、今後更に如何なる批判を受けようとも実施するつもりだろう。

10ドルなど航空運賃の変動や滞在中の諸費用に比べれば微々たる物だから旅行者に与える心理的影響は無いと高をくくっているのかも知れないが、今まで無料だったものが突然有料になるのだから気分的には大きい。「たかが1000円」のことで旅行をやめられては、結局はアメリカにとって万単位の損失になる。更にビザ免除の相互協定を結んでいながら一方的にビザ発給手数料を要求されているとも捉えられ、心証を悪くしない筈が無い。件の公共事業団体がこれだけのマイナス要素を克服して余りある事業を行えるのか、見物である。

アメリカに行く予定は全く無いけど、取り敢えず有料化前にESTAだけ取っておくべきだろうか。…と考える人が有料化直前に殺到して、認証サイトがパンクしそうだ。
08:05 | Comment(0) | 社会